<あかのよる><くらきあさ> の系列の話。時間軸は今までのでは一番最後。アルもマシューももう吸血鬼になってます。












「月がきれいだよ」


そう言ったマシューが窓を開け放つと、彼と双子の兄が共に暮らす部屋に、生温い風が入り込んできた。上空には、月が金色に輝きながらぽっかりと浮かんでいる。マシューは言いながら、机に向うアルフレッドを振り向いたが、彼は、そうかい、と言ったきりで、いかにも無関心そうだ。夜の帳がおりてから、そう経たない時刻。寮のすぐ裏に立つこの小屋は、マシューとアルフレッドが学園の事務係として働きだしてからずっと、共に住んできたものだった(途中さまざまな事情があったが)。一階しかなく、質素ではあるが、住みなれたこの小屋をマシューは気に入っていた。


と、何かがガラスに弱くあたる、がしゃんという音が、上の方から聞こえてきた。窓を開けていなければ、そしてあたりが静かでなければ気づかないような音だ。上空に浮かぶ月を眺めていたマシューはしかし、その音がなんとなく気になって、音のする方へと視線をさげた。小屋からは、直ぐ近くに建つ寮の中の様子が、望む望まないに関わらずよく見える。視線を彷徨わせると、また同じ、かしゃんと言う音。その音を追って、視線を更にさげる。そして、マシューは寮の二階の、一際大きな窓のその向こうに、ふたつの人影を見つけた。


(・・・ああ、あのふたりか)


二階の、おそらく寮長の部屋の中、窓の近くに立っていたのは、寮長であり、そしてふたりを育ててくれた、アーサーだった。その斜め後ろで、何かを話しかけているのは、フランシスだ。


ふたりはいつものように軽口を叩き合っているようだった。フランシスがによによと笑いながら何事かをアーサーの耳元に囁いたのが見える。アーサーが乱暴な所作でフランシスの方を振り向き、何か言い返した。再び、フランシスが、今度は両手をアーサーの頼りない肩に置きながら何かを言う。振り払おうとしたアーサーの肘が、窓にあたり、かしゃんという音がまた響いた。と、突然にフランシスの右手が、構わずアーサーの白いシャツの、襟にからんだタイを外した。赤いタイが、はらりと床に落ちた。それから、彼はボタンを器用に片手で外しはじめる。マシューはさすがにぎょっとして、おもわずその目を見開いた。その右手は上から三つ目のボタンをはずし終わると動きを止め、それからシャツを乱暴に引っ張って首筋から肩にかけての肌を露にした。そこで、彼らが何をするつもりなのかを、マシューはさとった。


アーサーはしばらくじたばたと暴れていたが、ある瞬間に、ぱったりと抵抗を止めた。諦めたようにだらりと力を抜いて、後ろから抱き締めるように腕を回すフランシスに向って不機嫌そうな顔で何かを言う。了承したのだ。それを聞いたフランシスが、機嫌よさそうに笑んで、アーサーの背後から、彼の首筋にくちびるを寄せた。そして、


波打つ金髪がだらりと前に垂れて、血を吸う副寮長の表情はうかがい知れなかった。一方の寮長は苦しげに眉根を寄せていた。やけになまめかしい表情だった。アーサーの手が、後ろから体を拘束するフランシスの腕を何度も引っかいている。マシューは、かつてフランシスが己を抱き上げたときに垣間見た腕の傷の正体を、始めて知った。アーサーのもう片方の手は、縋るように目の前の窓に伸ばされる。その手が窓ガラスに触れ、先ほどよりも大きながしゃんという音が響いた。まだ、窓を開けなければ聞こえないような音だ。しかし、マシューは、そしてアルも、その音を聞き逃さなかった。


「今の音、何?」


窓の外を眺めるマシューに向かい、アルが問いかけた。


「・・・風、かな?」


アルは腑に落ちないような表情をしたが、ふぅん、と言っただけで再び書類に目を落とした。我ながら苦しい言い訳だとマシューは思ったが、しかし誰が彼に真実を伝えられるだろう?マシューは誰よりも側で、アルのことを見てきたのだ。


マシューはひとつ息をついてから、そっと、窓を閉じた。生暖かい風が、入ってこなくなった。きっと彼等はまだ、あの部屋の窓辺に立っているのだろう。アーサーの手はガラスに爪を立てているかもしれない。あの白いシャツは、アルの渇望する彼の血で塗れて、赤く染まっているかもしれない。フランシスの腕に、新たな傷ができているかもしれない。けれど、それらは自分が見るべきものではない。


閉じる前にちらりと見た月が、笑っているような気がした。









わらうつき











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そろそろ仏英以外の吸血シーンを書きたいなあと思いつつ結局仏英っていう、ね!まあ仕方ないここは仏英サイト。