あかのよる の続編。で、過去の話。アルがまだ子供のころです。













アーサーに拾われたその日から、彼と共に住んできたその家の中から、一秒でも早く脱出しようと歩みを進める。否、殆ど走っていた。晴れ渡った空が、窓枠によって四角に切り取られているのに目もくれず、立ち止まることなく、進んで行く。いつもいつも彼と共にすごしている、見知った部屋の数々。そのはずなのに、まるで迷宮に迷い込んだような気分だった。先ほど見てしまった光景が、頭から離れなかった。それから、かつてアーサーが、己を抱き上げながら繰り返し言い聞かせてきた、あの言葉も。


『いいか、アル。俺たちは人間じゃない。けれど、お前を傷つけようなどと思ってお前を育てているわけじゃないんだ。わかってくれるよな?』


何度もその言葉が、アルの脳内にリフレインする。それと共に脳に直接響く、どくどくと心臓が脈打つ音が、耳障りだ。まるで、水に溺れた者が酸素を求めるように、アルは広い家からの脱出を求めた。まだ、彼等はあの行為を続けているのだろうか――?思うと、息が苦しくなった。


一番奥にある部屋、――かつてアルフレッドも寝たこともある、彼の寝室、その扉。つい先刻、アルフレッドが見たそれは、まるでいつも見ているものと同じドアだった。なのに、アルはそのとき直感的に、まるで違うなにかのようだ、と思った。思えばあそこでやめておくべきだったのだ。しかし、アルフレッドはそのドアノブに手を伸ばし。そうっと、ドアを開けた。開けてしまった。朝食はまだかい、という、くだらない一言のために。彼の予想では、身支度をしている彼の兄、アーサーが視界に入ってくるはずだった。しかし、一番最初に視界に入ってきたのは、板張りの床に転がるワインボトルだった。


(?)


その奥にあるソファには、2人分の上着と一人分のシャツが、アーサーの常にそぐわない乱雑さで散らばっている。不思議に思ったアルは、微か開いたドアの隙間から、更に部屋の奥をのぞき見た。部屋の中は、外とはまるで違う世界のようだった。流れくる空気が、なまあたたかい。中で何が起こっているのか、アルフレッドにはまるで想像ができなかった。


ドアを更に押した。寝室は、今が晴れ渡った朝であることを忘れさせるほどに暗かった。明かりといえば、閉めたカーテンの隙間から、柔らかな陽光が微かに、線状に漏れているだけだ。その光で、アルは辛うじて物を見ることができた。と、聞こえてきた物音に、アルは思わず身を跳ねさせる。


何かを啜るような音だった。アルが、聞いたこともない音だ。その正体を探して、アルフレッドは薄暗い部屋の中眼をこらした。そして、――そこに、見知った人物を見つけた。


陽の光できらりと光った波打つ金髪は、フランシスのものだった。椅子に腰掛けた彼が、自らの顔のすぐそばの、何かを優しげに撫でている。その表情は、苦しげにも見え、けれどそれ以上に楽しげだった。アルフレッドは自らの前に広がる光景の意味がわからず、眉を寄せた。しかし、次の瞬間、視線をずらしたことによって、アルフレッドの目は見開かれることになった。


フランシスが撫でていた金色のもの、――それは間違えようもなくアルフレッドの兄の、髪だった。椅子に腰掛けたフランシスの、足の上に向かい合うように乗っている。いつも行儀についてうるさい彼が、そんな体勢を取ること自体が驚きだった。しかしそれ以上にアルフレッドの目を奪ったのは、アーサーの行動だ。彼は、フランシスの首筋のあたりに口元を寄せていた。いや、口付けているように見える。そしてそこから、例の啜るような音が発されていた。


「美味い・・・?」


フランシスが青い目を細めて、たずねた。アーサーの髪を梳いたり、シャツ越しの背を撫でたりするその指先は、いつもアーサーと喧嘩ばかりしている彼のものとは思えないほど優しげで、しかしアルにはその手が何か他の意図を持っているように思えた。彼は一心不乱な様子のアーサーを見るのが愉しくてならないのだと、アルは直感的に思った。


「ん、・・・」


アーサーがフランシスの首筋に口元をうずめたまま頷く。よかった。フランシスが返す。それから、アーサーの背をぽんぽん、と二回軽く叩く。それが合図だったのか、アーサーがゆるゆるとフランシスの首筋から少し顔を上げた。そうしながらも、彼は名残惜しげに首筋を舐めているようだ。そんなアーサーの顔を、フランシスが離れさせた。


(・・・!!)


そのとき、アルフレッドはあまりの驚きにあやうく声をあげるところだった。伏せたままのアーサーの緑の瞳はどろりと暗く、まるで隠し持った獣の本性を露にしているかのようだった。そして、――アーサーの唇の端からは、真っ赤な血が一筋。


「おいおい、行儀悪いぞ『お兄ちゃん』?」


それを見たフランシスが、言葉の割に愉快げに笑って、飲み込めきれず溢れた血を人差し指ですくいとる。赤が絡みついたフランシスの指に、アーサーは何の躊躇もなくくちびるを寄せた。薄暗い中、白く浮かび上がる指に沿って開かれたくちびるの合間から、真っ赤な舌と、先ほどまでフランシスの肌に食い込んでいたであろう、牙が垣間見える。アルフレッドは思わず後ずさりした。と、その拍子に腕がドアに触れてしまった。キィ、という微かな音と共に、ドアが更に開く。アルフレッドはぎくりと身を固まらせた。しかし、その音に、ついにフランシスが気づいてしまった。


不思議そうな表情をしたフランシスが椅子に腰掛けたままドアの方を振り向いた。目を見開いたアルフレッドと、彼の視線が、まともにかち合う。自分と同じ色、ブルーの瞳が、アルを射竦める。身動きが取れなかった。終わりだ。何故だかわからないが、そう思った。フランシスはドアの側のアルの姿を認めしばらく目を丸くしていたが、――やがてひとつ、微笑を浮かべた。凄みと優越感のようなものを滲ませた、微笑だった。


(!!)


アルフレッドはたじろいだ。自分は見てはいけないものを見てしまったのだと、そのときになってはじめて悟った。動揺で自由に動かない足をなんとか動かして、彼は逃げ出した。ドアを閉めることもせずに。


家の中をもがくように進んで、やっと、重厚なドアが見えた。もどかしく錠を開け、外へと出た。朝の爽やかな風がアルフレッドにあたる。しかし、アルフレッドの気分はまるで良くならなかった。彼はそのまま、ドアに寄りかかってずるずると腰を下ろした。息が不思議なほどにあがっていた。息を落ち着かせようと、彼は胸に手をあてた。そうしている間にも、先ほどの光景が脳内をぐるぐると駆け巡っていた。一心不乱にフランシスの血を貪っていた兄の姿、その真っ赤なくちびる、滴った血、フランシスの微笑。


アルフレッドは長く、息を吐き出した。


『俺たちは人間じゃない』


――これはつまり、彼等はあんなにも近くにいたのに、アルにとって決して手の届かない存在だった、ということなのだろうか?




















くらきあさ

































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アルがショックを受けてるのは、奴らが吸血鬼だったからじゃなくて、奴等が自分と違うということを目の前に突きつけられたからですよ。ということがうまく伝わってる気がしないんだぜ!
この後アルはこの状況になれていくわけですが、だんだん耐えられなくなってきて、最終的に吸血鬼になりたいと言い出すわけですね(ベタ展開)。アーサーは反対するけどフランシスは賛成するわけですね(ベタ展開)。んでまぁアルは最終的に吸血鬼になるわけですね。あれこれあって三つ巴になるわけですね(ベタ展開)(しつこい)