吸血鬼の集まる学園の話です。寮長アーサー、副寮長がフランシス。ふたりとも吸血鬼。アルフレッドはアーサーが拾い、隠して育てた人間で学園の事務をしてます。













灯のついていないその部屋には、夜の闇が無遠慮に広がっていた。瀟洒な寮の中でも、一際豪奢な、寮長の個室。窓の外には、十三夜の月が冷たく輝く。それに照らされて、部屋の中のどしりと太い柱の側から、ふたつの影が伸びていた。


男は柱に縫いとめた部屋の主の、うなじにかかった金の髪を指先で掻き分けて、その首筋をすべて月光に晒す。闇の中、白く滑らかに浮かび上がる肌に、彼はゆるりと笑んだ。細めた青い瞳の奥底に、獣じみた凶暴な光が宿る。しかしその目とは裏腹に、肌をするりとなぞる指はことのほかやさしげだった。


「はやくしろよ、誰が来るかわかんねぇだろ」


どこか儀式めいた所作で、牙を突き立てる場所を探るフランシスに、アーサーが場にそぐわない淡々とした声でそう言い放つ。そうせかすなって。フランシスはくちびるだけで笑って、暴かれた肌に唇を寄せる。かわいたくちびるが、肌を何度か撫でた。そのまま、


「お兄さん、美味いもんはじっくり食べたい主義」


低い吐息で笑う。アーサーは呆れたような視線をフランシスに走らせて、何か言おうと口を開きかけたが、瞬間、鋭い牙が肌にあてられ、彼は結局また口を閉じた。そんなアーサーの様子を伺っていたフランシスがまた、そのままでひとつ、笑みを漏らす。それから、いよいよ首筋に噛み付いた。牙が肌に食い込んで、――肌に真っ赤な血が零れだした。


「…っ…」


アーサーがグリーンの目をぎゅっと瞑る。浅い傷から、肌に零れ出した温かな血を丁寧に舌が舐め取ってゆく。だんだんに深く食い込んでゆく牙に、アーサーは苦しげにくちびるから息を漏らした。血を舐め啜る音が響く。アーサー、と合間に名を呼ぶ声は、酷く甘ったるく、更に血を、とねだるようにも、愛を囁いているようにも聞こえた。


「…う…」


生気を吸い取られる感覚に、アーサーが思わずみじろぐと、フランシスは更に強く柱に体を押し付けた。吸血を続ける彼の瞳が、月光で金色に光る。隠しようもなく獣の本性を現したその瞳をちらりと見て、アーサーは苦しげながら薄く笑った。何がっついてんだこのケダモノが。掠れた声で言う。挑発的な言葉に対し、しかしフランシスは何も言わず、そのかわりに一際強く、アーサーの首筋に噛み付いた。神経を蝕む甘い苦痛に、アーサーの喉奥から呻き声が漏れる。いよいよ自分で自分の体を支えきれなくなったアーサーの腕が縋りつくものを探して宙を掻き、彷徨った挙句にフランシスの服を掴んだ。強い力で掴む爪先に、フランシスの服が音を立てて裂ける。服を破いた爪は、その奥のフランシスの肌を傷つけた。フランシスはそれにも構わず、吸血を続ける。


床に伸びた黒い影が、重なって蠢く。部屋に、噎せ返るような血の匂いが漂う。月光は尚も、部屋を照らす――











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ドアを開け放ったその瞬間、何がこの部屋で行われてたのかをアルフレッドはさとった。部屋に満ちた、濃密な空気。人間のアルフレッドには血の匂いがわからない。しかし、この空間に漂う雰囲気だけで、今ここに血の匂いが満ちていることがわかった。そして、その血の持ち主が、自分を育ててくれた兄であることも。


何もなかったかのように椅子に座り、別の書類に目を通すアーサーの、頬はしかし、いつもと比べて仄かに上気していた。アルフレッドは、思わず彼の首筋のあたりを眼で探る。痕など残すはずはない、とわかっていたが、一瞬ふたつの牙の痕が見えた気がして、アルフレッドはどきりとした。椅子の斜め手前にあるソファには、少し前に兄の血を自分の一部にしたと思われる副寮長がいつも通りに斜に構えて腰掛けている。右手にワイングラスを持って脚を組み、まるで自分の部屋にいるかのようにくつろぐ彼が、先にアルフレッドに声をかけた。


「どうした?」
「いや、昨日言ってた書類を持ってきただけだよ」


部屋に残る噎せ返るような空気を感じながらも、アルフレッドはなるだけ平常どおりに、フランシスへと言葉を返す。それを聞いていたアーサーが、その上に置いておけ、とフランシスの座るソファの前のテーブル――ワインの瓶が置いてある――を指した。アルフレッドは、何も言わず、言われたとおりにテーブルに書類の入った封筒を滑らせる。瞬間、唐突にフランシスがアーサーの首筋に唇を寄せる光景が脳内に沸き起こった。きっと、彼は瞳を細めて笑い、何か気障なことを言うのだろう。アーサーは、それに対してくだらないとばかりに淡々と言葉を返し、けれども結局、拒絶することはない―――。その空想が脳を駆け回った途端、アルフレッドは、目の前におかれたワインを倒して、書類を真っ赤に染めたい衝動に襲われた。部屋に残る血の匂いが、とても濃いように感じる。血の匂いなどわからないはずなのに。なんだかおかしくなりそうだ。


はやく出てしまおう、とアルフレッドはきびすを返した。しかしドアを開けようとしたそのとき、


「匂いきつかった?」


フランシスが、ソファに腰掛けたまま軽い口調で言った。ちょってめ、と、アーサーが椅子から立ち上がりかけたが、その前に彼は、


「悪かったな」


謝りながら笑みを浮かべた。口調はいつも通りの彼だったが、その細めた青い瞳には、アルフレッドが小さな頃は知らなかった独特の凄みがあった。吸血鬼の瞳が、青く、銀色に、金色に、ひかる。


「・・・別に、俺は何も感じないよ。何かあったのかい?」


懸命にいつも通りに返すと、そうか、なら良かった、と彼は言う。兄ちゃんの血を吸われるのって不愉快かと思って。そう、瞳が言っているように感じた。


引き止めて悪いな。そう言った彼が、またもからからと笑う。それは先ほどとは違う、軽い笑い声だった。アルフレッドの良く知る、人好きのするフランシスだ。しかし、彼が口をあけて笑ったその拍子に、アーサーの肌を突き破ったであろうふたつの鋭い牙を、アルフレッドはちらりと垣間見てしまった。










あかのよる

































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仏が英の血を飲むのも萌えますが、逆もたいへんにもえるんじゃないかと思うので、ぜひとも続きを書きたいものです。