じゃあ、惚れさせてみろよ?






どういう経緯でそうなったのか忘れてしまったのだが(たぶんシャンパンで酔っていたのだ。素面であんな約束が成立するわけないから)、なぜか今回のバカンス、妙なゲームをすることになってしまっていた。


じゃあ、惚れさせてみろよ、このバカンスの間に


…へぇ、おもしろいじゃん


ちょっとしたことで交わしてしまったあの口約束、そうだ、あのときのイギリスは嫣然と、微笑んでいた。やはり酔っていたのだ。なぜならあの時、あのイギリスに、ほんの少しでも見惚れてしまっていたのだから。


フランスの誇る地中海に面したリゾート地の、豪奢なホテル。蝋燭の薄暗い照明の下、シャンパングラスと、イギリスの目、アルコールに濡れた唇だけがやけに目についた。殆ど売り言葉に買い言葉、という感じで、フランスはそのゲームに乗ったのだ。もちろん、そうなった以上負ける気など毛頭ないのだが。


あの、恋愛に疎そうなイギリスのことだから、すぐにこちらの勝ちが決まるだろうと思ったのだが、それが意外に、そう簡単にはいかなかった。一度だけ、あの約束の翌日に、フランスはチャンスを得たのだが、これから、というところで、空気を全く読まない彼の弟に邪魔された。そしてその後フランスは一度もイギリスに接触できずにいる。彼が自分から逃げ回っていることが容易に想像できた。さすが、とでも言おうか。要するに機会を与えてくれないのだ。向こうにも意地があるのはわかるし、たぶんつかまってしまってはいけない、という風に考えているのだろう。しかしこれではさすがにフランスも手の打ち様がなかった。そして、そうこうしているうちに、リミット――つまり、バカンスの終わり――まであと、一週間ほどになってしまったというわけだ。









「・・・まぁ、そういうこと」


パーティー会場で居合わせた、フランスと同じ目的でやってきたらしいロシアと中国に、これまでのいきさつを話し終えたフランスは、ふぅ、と息をついて、ワインを口に含んだ。ようやく違和感の理由を知った中国が、それでつるんでなかったわけあるね、と納得したようにフランスを見上げた。


「君たちって本当に面白いなあ」
「我に迷惑かけなければ好きにすればいいある」


いかにも無関心そうなふたりの反応に、人事だと思いやがって、とフランスは苦々しくふたりを見る。そんなフランスの視線を完璧に無視したロシアが、そういえばそれって勝ったらどうなるの、と、社交辞令という感じを隠そうともせずに聞いた。こいつ、とフランスは思ったが、しかしそれ以上に。


「そういえば・・・決めてねぇな」
「それでよくやる気になるあるね。法國も英國も、我には全然理解できないある・・・まぁこいつもそうあるけど」


中国はちらりと隣のロシアを見やったが、ロシアのえっなにがかな?という声と満面の笑みに、素早く視線を逃がす。このふたりは相変わらずらしい。それなのにこちらはこのゲームの所為でバカンスの予定がめちゃくちゃだ。その事実にフランスは今日何度めかの不機嫌な表情を顔に乗せた。ああ、こんなに眉間に皺が寄っていたら、まるでどっかの誰かみたいだ。


「・・・まぁ顔あわせなくていいのは楽だけどさ」
「その割には参ってるみたいだね。ずっとイギリスくんとも話してないみたいだし」


ロシアが心底楽しそうに笑った。ったく人が悪い。フランスは内心そう思ったが、口には出さなかった。


「そりゃせっかくこういうとこにきてんのに美女と過ごせねぇんだもん。元気もなくなるっての。しかもさ、何が寂しくてあの眉毛野郎を追っかけなきゃなんねーんだよ」
「じゃあやめればいいじゃない」
「それはやだ」
「・・・本当にわけわかんねぇあるな」


中国が心底呆れかえった、というような表情をする。フランス自身もそう思ってはいる――それも、何百年も前から。それでもやめられないのだから仕方ない。あいつには負けたくねぇの。フランスはちょっと笑ってから、はぁ、と、気持ちを切り替えるように息を漏らした。


「・・・あいつひょっとしてパーティーに来てるかもしんねぇから探してくる」


さっさと口説いて終わらせたいし。フランスは言って、近くのボーイに空になったグラスを渡した。じゃあな、ゆっくりしてけよ。にか、と笑って手を振り、あの頼りない後ろ姿を探して、人の海へと飛び込んで行く。


(ったく、せっかくのバカンスが・・・)


もうこの数週間の間に数十回は思っただろうことをもう一度胸の中で呟いた。――本当はもうひとつの自分の中の違和感の存在に彼は気づいていたが、それには気づかなかった振りをした。









「・・・本当に『ゲーム』なのかな?」


フランスの背中を横目に見ながら、ロシアが微笑む。含みを持った言葉に、中国はボーイからワインを受け取りながら、


「それは言っちゃだめあるよ」


そう言って、グラスに口をつけた。












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