規則正しく並んだ、白と黒のキーに両手をのせる。右手の親指はCの鍵盤の上、左手の小指はそれより低いCの上に。浅く腰掛け、背筋を伸ばす。レッスンの冒頭独特の緊張感を飲み込むように息を吸った。
そして、ハンガリーは4オクターブのハ長調のスケールを、紡ぎだそうとした。――と。

「お待ちなさい」

ガラスの奥の、怜悧な瞳がハンガリーの指を見つめていた。彼の、音楽に対する姿勢をうかがわせる様な厳しくて優しい瞳を、ハンガリーは慕っていた。
はて、何か悪い事をしたかしら、と思いながら自分の姿勢やらなにやらを見直す。そうしているうちにオーストリアはピアノの側から離れ、引き出しの中から何かを取り出して戻ってくる。手の中のそれは、爪きり。

(あ・・・!)

このところ忙しくて爪を気っていなかったのを思いだす。己の指を見やれば、ピアノを弾くには長すぎる、爪。やってしまった、と思いながら恐る恐るオーストリアを見る。怒っているだろうか、と思われた瞳は、しかし存外に優しかった。

「仕方ありませんね。最近は色々と忙しかったでしょうから・・・」

それどころか申し訳なさそうな瞳に、ハンガリーは恥ずかしくなる。いいえ、私が悪かったんです、と言えば、彼は緩く笑った。

「ハンガリー、手を」
「はい」

てっきり爪きりを渡されるのだろうと思って手のひらを上にして差し出すと、オーストリアが少し目を丸くして、そうではありませんよ、と、手を裏返す。側にあった小さなテーブルを引き寄せて、白い紙を乗せて、それから優しく、ハンガリーの手を取った。

「え・・・?」

ハンガリーの戸惑いに全く気づかない様子で、彼はそのまま、つめきりを彼女の指先に近づける。

「え・・・!?」
「動かさないで下さい」
「あ・・・すみません・・・」

頬が一気にあつくなるのを感じる。爪きりを持つ手とは逆の、ハンガリーの手を支えるオーストリアの手が暖かい。彼が自分の爪だけを見てくれていて助かった。思いながら、己の爪が切られていく様、その手を掴むオーストリアの手を見詰めてしまった。彼は決して強靭な体躯というわけではないけれど、手はすっぽりと己の手を包みこめそうに大きい。微か筋張った長い指が、ハンガリーの手を捉えて、用心深く爪を切っていく。ふと彼の顔をうかがえば、熱心にハンガリーの指先を見詰める、瞳が優しい。

(まつげ、長いんだ・・・)

ふと浮かんだ考えに、はっと我に返って、更に頬が赤くなる。もういやだ、早く終わって欲しい。でも終わらないで欲しい。心臓がものすごい音をたてていて、彼に気づかれてしまうのではないかと、それだけが頭の中を占領する。

「次は左手を」
「・・・あ、はい」

もう、半分も終わってしまったことに、やっと気づく。優しく左手を掴まれ、再び。いけない、ハンガリーは思った。ハンガリーの手を捕える指の、見詰るすみれ色の、優しさに、錯覚をしてしまいそうだ。彼は誰に対してもきっとこうなのに。

もうすぐ終わってしまう。この時間が。ならばその間だけでも。

どうか神様、その間だけでも、見てもよろしいでしょうか。






あいのゆめ
































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初ハプスブルク。恋する乙女を目指して撃沈。
オーストリアは素で恥ずかしい事をしそう。

あと英日のときの英もね!