「とにかく!やりにくいったらないんだよ」


心底弱った顔で、噂の張本人である数学教師がそう言った。場所は夕暮れ時の数学準備室。真っ赤な夕陽が、窓から斜めに差し込んでくる。それに照らされ真っ赤になった数学の本やらパソコンやら、生徒達の出した課題の山やらに囲まれながら、数学教師は自分の机に向って、紅茶片手に本日数回目のため息を吐いた。そんな彼に対し、その隣にある同僚の机に寄りかかって腕を組んだ美術教師は、


「お前もそうか」


疲れたように言う。


「・・・お前も?」
「まーな・・・」
「でもてめぇは良いじゃねぇか、関わるの1,2年の美術選択者だけじゃん。しかも今年は少ないらしいし」
「お前馬鹿にすんなよ、美術は美術で大変なの!しかも日に日に視線が痛くなってくし・・・」
「それに毎時間晒される俺の身にもなれよ!」
「俺も毎時間晒されてるっつーの!」
「ていうか誰だよ噂流したの!」


彼は忌々しげに吐き捨てる。それがわかればそいつの息の根止めてやるのに・・・!そんな不穏なことを言うアーサーの背を、フランシスはまあまあ、と叩く。その手を乱暴に払ったアーサーは、そういえば、とフランシスを厳しい目で睨んだ。


「ここに来る間に誰にも見られてないよな!?」
「そりゃ、そんなヘマお兄さんがするわけないだろ」
「お前ならしかねないから言ってんだよ・・・あっ」
「ん?どうした?」


急にアーサーが声をあげたかと思うと、素早く立ち上がってフランシスの手を無理矢理引っ張った。彼を同僚の机から引き剥がす。状況がさっぱりつかめず頭上に盛大に?を浮かべるフランシスに構わず、アーサーはその机に備え付けられた椅子を引っ張った。そして、机の下に彼を押し込もうとしはじめる。


「ちょっなにすんだよ!?」
「良いから入れ!生徒来てんだよ!」


アーサーの鬼気迫った声に、フランシスはようやく事態を飲み込んだ。中途半端に椅子を机に押し込め(無理矢理押し込められた椅子に潰されたフランシスが奇声をあげたがアーサーは気にしていられなかった)、アーサーが自分の椅子になんとか腰掛けたところで、生徒は数学準備室の外の廊下を通り過ぎていった。


「・・・ふう」


ひとまず安心してアーサーは息を吐く。行った?フランシスの声に、ああ、と力なく言葉を返した。同僚の椅子がからからと出てきて、美術教師がのそのそと机の下から這い出てくる。なんだか酷く間抜けだ。というか間抜け過ぎる。その姿に脱力したアーサーはへなへなと椅子の背もたれに寄りかかった。


「あーあ、はやくおさまってくれ・・・」


心からのつぶやきに、全くだな、と服の埃をはたきながら美術教師は言う。しばらく学校ではあえないな。彼は続けてそういった。数学教師はまたひとつ、疲れを込めたため息を吐いて、それから冷めた紅茶を口にした。