「今日は何にする?」


夜も更け、その日のディナーの片付けもすっかり終わったころ。フランスは今夜もまた、ダイニングのソファに腰掛け、本を読んでいるイギリスに向かってそう問い掛けた。


「スコッチ、ロックで」


返ってきたのはいつもどおりの無愛想な声。相変わらずな奴だ。思いながらも、はいよ、と、そう返して、フランスは冷凍庫から特製の丸い氷を取り出した。ウイスキーグラスに入れて、瓶からウイスキーを注ぐ。氷が、鋭い音をたてて、グラスの中で揺れた。


先に作っておいたブランデーのグラスと、ウイスキーのグラスを手に、ダイニングへ向かう。冷たいグラスを手渡すと、英語で一言御礼を言われた。別に、と返す。勿論フランス語で。イギリスは一瞬むっとしたような顔をしたが、フランスは知らない振りをした。先程の無愛想への仕返しだ。


「にしても、アメリカの奴の寝坊はどうにかなんないのか?」


フランスはイギリスと向かい合わせに座ると、そう笑い混じりにきりだす。


「うるせぇな、俺だってなんとかしたいとは思ってるよ」
「毎朝あれじゃあ、お兄さんちょっと心配になっちまうよ」


会話の合間に、なおざりにグラスとグラスを触れ合わせるだけの乾杯をして、それからグラスの酒をひとくち舐める。うまい。イギリスもスコッチを舐めて、ん、と満足げに頷いた。


「…まぁでも、俺らがいるからああなんだろ」


イギリスがつまみのナッツを口に放り込みながら言う。んー、まぁそうかもしないけど。フランスはブランデーの後味を味わいながら呟いた。正確には「俺ら」じゃなくて「お前」がいるからだろ、と思ったが、黙っておく。と、イギリスがきっぱりとこう言った。


「あいつもそこまでガキじゃない」


その一言に、フランスはちょっと目を見開いた。――なるほど、このふたりの関係も、少しずつとはいえ、変わってきてはいるらしい。


「…馬鹿だな、そういうところがガキなんだろ?」
「まぁ、そりゃそうだけど。じゃあお前にはなんか良策が思い付くのかよ」
「いや、全く?」
「なら偉そうに口出しすんな」
「はいはい」


会話がひとしきり終わって、またお互いにひとくち酒を飲む。何か面白いことないかな、と部屋を見渡し、フランスはこの長い夜をすごす良い方法をさがした。トランプはここにきてから10日ほど連夜でやったのでもう飽きた。映画のフィルムが何本分かあるが、映画に関するふたりの趣味は恐ろしいほどあわないから出すのはやめた方が良いだろう。音楽も然り。その他あれこれと考えた後、結局フランスはこう提案した。


「…チェスでもするか」


フランスの一言に、イギリスはチェス盤と駒のしまってある棚の方(よく覚えているものだ)をちらりと見てから


「ああ、そうだな」


と言った。盤と駒を取り出し、ちびりちびりとやりながら、ふたりして駒を盤上に並べていく。考えてみれば、イギリスとチェスなんて随分と久し振りだ。そう思っていると、イギリスが、「久し振りだな、お前とチェスなんて」と言ったので、フランスはちょっと笑ってしまった。イギリスが訝しげにフランスを見る。いや、別に、なんでもないよ。そう返しながら、フランスは黒のルークを手に取る。まだ夜は、始まったばかりだ。