夜更けにふたりの人間がひとつのベッドに並んではだかで寝そべっている、となれば、そのベッドが何の舞台だったかなんて、誰の目からも明らかなことだろう。本来ならば甘ったるい言葉のひとつやふたつを掛合ってもおかしくないこの状況。なのに、隣からこちらを見据えてきたそのみどり色が、甘さどころか、まるでこちらを殺したがっているかのような鋭さを持っていたものだから、フランスはちょっとおかしくなって笑ってしまった。喉の奥から漏れた笑い声は、沈黙の寝室にやけに大きく響く。隣に寝そべるその男は、案の定、不機嫌そうに眉をひそめた。


「何わらってんだよ、気味悪ぃ」
「いや、だってさ」


ますます鋭い目をしたイギリスに、フランスは尚も笑いながら言う。


「お前があんまり、俺のこと大嫌いだっていう目してるから」


それを聞いたイギリスは、一瞬、かすかに目を見開いたが、すぐにもとの表情に戻った。


「事実大嫌いなんだから別におかしくねぇだろ」
「いや、そうだろうけどさ、なんかこう、一応社交辞令っつうもんがあるじゃん」


イギリスは、お前相手に社交辞令もなにも、と言いかけたが、途中でやめて、


「じゃあ何だよ、『すごくよかった、愛してるフランシス』とでも言えば良いのかよ」


声に若干の嫌味を忍ばせて言う。自分で言い出しておきながら、イギリスの口から出る甘い言葉に対する違和感はあまりに凄まじく、フランスは一瞬ぽかんとしてしまった。あの可愛くないイギリス野郎が『愛してる』だなんて。それも俺に向って。驚きが収まると、今度はじわじわと可笑しさがこみあげてくる。思わず、声に笑いが混ざってしまった。


「おいおい、それだと、俺たちが本当に恋人みたいじゃねぇか」
「お前が言ったからそんな風に言ってやったんだろうが」
「いや、そういう意味じゃないし。『あのフランスとイギリスがフォーリンラブ』ってのはさすがに勘弁ねがいたいわ」
「はっもし現実になったら、今世紀最大のセンセーションだな」


『全世界20ヵ国以上から問合せの電話が殺到する』に一万ポンドかけられる。イギリスの台詞に、実際そうなる自分たちをちょっと想像してしまい、フランスはいよいよ笑いをこらえきれなくなった。俺が、このださくて面倒くさい眉毛野郎に、愛の言葉を囁く?それも、本気で?想像するだに笑えて来る。思わず吹き出すと、イギリスが何笑ってるんだよ、と尚もあの不機嫌顔で尋ねてきた。お前、だってさ、おかしいだろ、俺がお前に真顔で好きだ、愛してる、とか言ったら。フランスは笑い続けながらなんとか説明した。やっとどんくさいイギリスにも、この可笑しさが伝わったらしい。彼もまた、盛大に吹き出した。


ふたりして、遠慮もなく笑い転げる。そろいもそろって、ベッドの上で、腹筋が痛くなるほどに。だって、今更お互いに本気で恋する自分たち、という想像があまりにも可笑しかった。そうだ、ふたりは今更、夢見がちに甘く、儚くて脆い砂糖菓子みたいな関係なんかになれはしない。どんなに夜を共にすごそうと、それは好奇心を満たし、だらけた日常にちょっとした無害な刺激を与えるものでしかないのだ。何しろ、途方もなく長い年月の間に、甘い恋情なんていう柔なものでは太刀打ちできないような関係がもう出来上がってしまっているから。それはきっと、渋みや酸味、苦さばかりが目立つけれど、ちょっとそこいらにはない癖になる味の。


「いいな、今世紀最大のセンセーション。起こしてみる?」


笑うだけ笑ってから、フランスは冗談まじりにそんな提案をした。笑いすぎて浮かんだ涙をぬぐったイギリスは、ばかいってんじゃねぇよ、とそれを完全に拒否してから、こう言った。


「今更お前なんかとそんなこと、したくもないし、する必要もないだろ」


全く持って彼の言うとおりだった。フランスがイギリスに望むものは、若干の刺激と、それから、彼がそこに存在するという事実だけだ。イギリスはそこに居さえすれば良い。そして、それなりにやっている、ということを確認することができさえすれば。ただただ、同じ時間を並びながら歩いてゆく。そして、どちらかがとんでもないことになったら、一発ぶん殴って元の道を歩かせる。そうした関係を、きっとフランスは望んでいる。おそらくこれは、イギリスにしても同じことなのだろう。


久し振りに大笑いした後の爽快感を気道に感じて、フランスは良い気分になった。その気分のままに、口を開く。


「なぁ、イギリス」
「んだよ」
「そこにいろよ」


天井を見つめながらフランスは言った。なんだか目を見ながら言うことではない気がしたのだ。フランスのすぐとなりに寝そべるイギリスが、フランスの方をちらりと見たのがわかる。暫く黙ってから、彼は、笑った。


「お前こそ、それ以上近付くんじゃねぇぞ」


このベッド、男ふたりにはちょっと狭いんだから。返ってきたのは、そんなイギリスらしい返事だった。ったくこいつは、分かってるくせに本当に可愛くない。フランスは思ったけれど、この切り返しが一番しっくりくるのも事実なのだ。結局、ふたりはこんな風にやってくのが一番良いのだろう。近いけれど、くっついてはいない。決して甘くはないけれど、あれこれ手をかけてじっくりと煮込んだ料理のように深みのある、そんな関係が。


イギリスが、隣にいる。それを改めて感じて、フランスはちょっとだけ、笑った。











vintage


















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今さら惚れたはれたもない、みたいな熟年夫婦がふと愛を確かめあうようなものを目指した残骸。
「それ以上近づくな」=「そこにいろ」
もうふつえいでもえいふつでもどっちでも良いじゃないか。