お決まりの溜まり場となった屋上から見える空が、今日はやたらと高いようだった。頭上に広がる青を視界に入れながら、ギルベルトはつい数分前に自分が(トランプ勝負に負けたため)買って来たぶどうジュース(飲みたかったものがのきなみ売り切れでこれくらいしか残っていなかった)を一口飲んだ。甘さに思わず顔をしかめ、甘い、と口に出せば、斜め右で嫌味に長い脚を投げ出しているフランシスが、お前ってほんと運がないな、と笑う。そう言う彼の手にあるのは、この学校唯一の自動販売機にあった、最後の缶コーヒー。ギルベルトも、もしこの缶が最後でなければ、今頃缶コーヒーを飲んでいたはずだったのに。思わず忌々しげな視線をフランシスに送ると、「残念だったなぁ。あそこでスペードの2を出さなければなぁ」という心底むかつく返答と、によによという笑みが返ってきた。この野郎。思ったけれど、今更言っても仕方ない。ひとつ息をついてから、もう一度ぶどうジュースの缶を傾けた。やはり甘い。


「あれ、そういやお前、こんなにゆっくりしてて大丈夫なん?」


同じくギルベルトが買ってきたトマトジュースの缶を持ったアントーニョが、ふと思いついたようにフランシスに尋ねた。何のことかと思ってアントーニョの方を見ると、彼が続ける。


「昨日、今生徒会が結構大詰めなんやっていうてたやろ」


そういえば、そのようなことを言っていたような気がする。フランシスを見ると、彼は缶の中にコーヒーがもう残っていないかを、中を覗いて確認しているところだった。そうしながら、んー、結構やばいだろうなこれ、と言う。


「見つかったら一発殴られるくらいじゃすまない気がする」
「おい、じゃあこんなとこでこんなことしてないではやく行けよ」


仮にも副会長なんだろ?ギルベルトが言うと、フランシスは空き缶をことりと隣に置いてから、だーってこんなに良い天気なんだぜ?あんな部屋に篭ってなんかいられるかよ、と言った。それから、ごろりと寝そべってしまう。


「そんなんで平気なのか?怒らせたら面倒なんだろ、あの会長」
「怒ってなくたって面倒だよあの会長さまはさ」


嬉しがってても笑ってても泣いてても、面倒臭いもんあいつ。フランシスの実感のこもった評論に、アントーニョが、「ま、でも一番は調子乗ってるときやろ」とやはり実感をこめて言う。 そうなのか?そこまで会長と係わりを持っていないギルベルトは、フランシスとアントーニョの言い草に対しそう問いかけた。しかし、フランシスはその問いに答える前に、何を思ったか、急に脚で勢いをつけて起き上がってしまう。彼はドアの方をじっと見て、それから残念そうに、あーあ、と言った。


「もう来ちまったか」


え、何が?


ギルベルトが問う前に、屋上のドアがぶち破られるような勢いで開いた。現れたのは、


「こんなとこでサボタージュとは良い度胸だなこのクソヒゲ」


それを聞いたフランシスが、一瞬――本当に一瞬、心底楽しそうに、にっと笑ったのをギルベルトは見た。そしてギルベルトはようやく、彼がここで時間をつぶしていたわけを知ったのだ。





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「悪い、その缶捨てといて!」


そんな声を最後に残して、屋上のドアはばたんと閉まった。ぎゃいのぎゃいのと怒鳴り合う声が、だんだんに遠のいて行く。


「・・・・・・」


あたりはあっという間にしん、と静まり返った。一瞬前までの騒々しさはどこへやら、屋上にはギルベルトとアントーニョと、フランシスが飲みきった空き缶とだけが残されている。


相変わらずだったな、とギルベルトはぶどうジュースの缶を持ち上げながら思った。あの一言の後、お決まりのように彼らは喧嘩へと突入した。ふたりは途中まで、昨日フランシスが「明日は生徒会室に行く」と言ったかどうかを争っていたが(『てめぇ自分が言ったことも忘れたのか、本格的に老化が始まったんじゃねぇか?』『昨日なんてそんな昔のことは忘れた、ってハンフリー・ボガートも言ってただろ!』)ギルベルトが次に気づいたときには、それは結局いつもどおりの口論になっていた。ていうかだいたいお前はいい加減すぎんだよそんなんで生きてけるほど世の中甘くねぇよ!俺はお前と違って器用だから力抜くとこを知ってるだけですー!俺が不器用だっていうのかよ!お前が器用だったら誰が不器用なんだよ!云々。怒鳴りあっていた声が、まだ脳内でびんびん響いている気がする。やるなら別のところでやって欲しい。


にしても。ギルベルトはしみじみとあのやりとりと、――それからあのフランシスの笑みを思い出して、思わずため息をもらしてしまった。つまるところ、彼がアントーニョとギルベルトをトランプに誘ったのも、授業が終わってから彼がすぐに屋上に向かったのも、いつも屋上にいるときにはかけておくドアの鍵をかけておかなかったのも、全てはあの瞬間のためだったのだ。考えてみれば、簡単なことだった。本当にサボりたいのだったら、彼にはいくらでも他の方法がある。それなのにわざわざ屋上にいることにしたのは、なかなか現れない彼に郷を煮やした会長が彼を探しに来る最初の場所が屋上である、ということまでも、彼はわかっていたからだろう。 いや、この場合、屋上に『いる』ことにした、というよりは、屋上で『待っている』ことにした、と言う方が正しい気がする。最初から、ふたりの待ち合わせ場所はここだったのだ。


ギルベルトは若干ぬるくなったぶどうジュースを一口口に含んだ。焼け付くような甘さが、先ほどよりもずっと酷くなっている気がする。なあ。ギルベルトは喉の奥に貼り付いた甘さを感じながら、この屋上に残された、もうひとりの被害者に向って呟いた。


「・・・あいつって、ときどきすごく面倒くさいよな」


ぽかんと青い空に、ギルベルトの声はすうと吸い込まれてゆく。置き去りにされた空き缶を見ていたアントーニョは、


「それに関しては、お前に賛成やわ」


言って、トマトジュースの缶を傾けた。


















計略的サボタージュ



















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眉毛をからかいたいためにわざわざさぼる兄ちゃんwith普、西
眉毛も面倒くさいけど、兄ちゃんも結局同じくらい面倒くさいよね!ということを三馬鹿でやりたかった。
ハンフリー・ボガートアメリカ人だけど私気にしない。