パロ。 仏英米加家族→仏と英が別れて英が米加を育てることになる→英の家から米が出てく、というような流れの後で、今度は加が英の家から独立することになったところです。加は仏と英が別々に暮らしだしても、たまに仏のとこに遊びに行ってました、という設定。 「残り物で悪いな。今ヴィシソワーズも出すから」 彼はそう言いながら、ヒラメのムニエルと茹でたブロッコリー、ニンジンが乗った皿を、マシューの眼前に置いた。湯気のたつムニエルは、いかにも美味しそうな匂いを発していて、マシューは急に腹の虫がうずきだしたのを感じる。続いてヴィシソワーズの皿が置かれ、次にバゲットの皿。チーズの盛り合わせ、生ハムのサラダ。祝い事にはこれがなくちゃな。ウィンクと共に、彼はシャンパンまで出してきた。慣れた仕草で栓を抜き、ふたつのグラスに注ぐ。よし。彼は満足げにひとつ頷き、自分も椅子に腰掛けた。グラスを手に取る。マシューはあまりの手際のよさに半ば呆然としたまま、それに倣った。 「我等がマシューの、新たな旅立ちに」 涼やかな音を立ててグラスが触れ合う。 「たんまり食えよ」 「あ、はい」 ありがとうございます。言って、マシューはナイフとフォークを手に取った。 フランシスは、彼の家を久々に訪れたマシューを、以前と変わらない態度で迎え入れた。よお、久し振り。よく来たな。土産のメイプルシロップを渡せば、今度お菓子を作るときにでも使うかな、と彼はつぶやき、それからマシューに家の中へ入るよう促した。ソファに座らされ、カフェオレを出された。今日はどうしたんだ?俺の飯が懐しくなったのか?まぁ、あいつの作った飯ばっか食ってたら味覚やられるもんな。彼はそんな軽口を飛ばす。僕、アーサーさんの家を出ることになったんです。それを伝えに来ました。マシューが言うと、フランシスはへぇ、と相槌を打ち、それから、そりゃあ良かった、シャンパンを開けなきゃな、と言った。 「どういう経緯でそうなったんだ?」 「アーサーさんが、独立したいなら、したら良い。もうそういう年だ、って言ってくれたんです」 「あいつが?」 フランシスは一瞬目を見開いた。 「ふぅん…まぁ良かったよな、アルんときみたいにならなくて」 アルフレッドは数年前にアーサーの家を出たが、そのときはアーサーが猛反対して、フランシスやら友人のアントーニョまで巻込んだ大変な騒ぎになった。それに比べれば、マシューの独立は平和そのものだ。 「おめでとう」 そう言ってから、彼は、じゃあお前も晴れて、あの飯から解放されるってわけだな、と悪戯っぽく笑った。あ、ええと。マシューが答えに詰まっている間に、彼はすっと立ち上がる。 「ちょうど良い。お祝いに涙が出るくらい美味いランチご馳走してやるよ。こんな時間だし」 フランシスの視線を追いかけて時計を見れば、ちょうどランチに良い時間だった。急だったから、残り物しかないけど勘弁しろよ。彼はその言葉とウィンクをひとつ残して、キッチンへと消えてしまった。そうして、マシューはフランシスに昼をご馳走してもらうことになったのだ。 残り物だらけだ、と言った癖に、やはり彼の料理は美味だった。気付けば半分ほどを夢中で平らげてしまっていた。シャンパンを口に含んで、ふと見れば、彼はカマンベールチーズをかじりながら、こちらを懐しそうな目で見ていた。目が合う。どうした?と、聞かれる。マシューはふと、今が、以前からのある疑問を解決する最後のチャンスだろうかと思った。 「あの、」 「ん?」 これを聞くのは、野暮なことかもしれない。思い、一瞬ためらう。けれどやはり、と思い直し、結局マシューは口を開いた。 「あの、フランシスさんは、アーサーさんとまだ、会ったりしてるんですよね」 フランシスは目を見開いた。 「あいつから聞いたのか?」 「いいえ」 でも、わかります。言えば、彼は、してやられた、というようにひとつ息をついてから、そっか、と言った。お前にばれてるとは思わなかったな、とゆるく笑う。関係を否定しないフランシスに、マシューは再び口を開いた。 「あの、それってつまり、また…」 「それはないよ」 問い掛けを全て言い終える前に、かぶさるようにして答えが告げられる。マシューははじかれたようにフランシスを見た。彼はシャンパンのグラスを手に取ったところだった。そしてそれにくち付けながら、 「それはない」 もう一度繰り返す。 「・・・それは、どうしてですか」 マシューは尋ねた。ふたりは今でも一緒に飲みに行ったりしているし、アーサーはときどき、朝まで帰ってこないことさえある。その相手がフランシスであると彼は一言も言わないけれど、結局そういった相手は彼しかいないということは、共に住んでいればすぐにわかることだった。 マシューの問いに、フランシスは唇の端だけでわらってから、シャンパングラスをテーブルに置いた。マシューには到底できないような仕草だ。 「そうだな。まぁお前も晴れて独立するわけだし、こういうこと話すってのも良いかもな」 彼は先ほどよりもゆっくりとしたテンポで、話し始めた。 「俺たちはあまりに趣味だとか好みだとか価値観だとかが違いすぎている。それは見ててわかるだろ?」 彼の声に、マシューは頷いた。確かに、ふたりの趣味は正反対だといっても良いほどに合わない。例えばフランシスの家は、今マシューの住む家、つまりアーサーの家とはかなり違った趣をしている。飲み物だって、映画だって、音楽、庭作りだって、かれらの趣味は徹底的に合わないのだ。 「しかも厄介なことに、俺たちはどちらもそれを相手に合わせたくなかった。それが別れた理由。これも、わかるよな?」 「はい」 「けどな」 フランシスは一旦目を伏せた。 「けど、これまた厄介なことに」 再び顔をあげる。けれど彼はマシューを見はしなかった。どこかを見ながらちいさくわらう。その笑い方は、少し自嘲的にさえ見えた。 「長く腐れ縁やってたからだと思うけど、あんまり長い事顔を見てないと、奴はどうしちゃったんだろう、って気になってくるんだわ」 「……」 「相変わらずまずい飯食ってんのかな、とか、ちんちくりんな髪してんのかな、とか。で、それを確認したくてたまらなくなってくる」 厄介な持病だろ?彼は、今度はにかりと笑った。 「だから俺はたまに奴を飲みに誘う。そうすると、奴もよっぽどなことがない限りはたいていはつきあってくれる。ほら、あいつ寂しい奴だから」 「それで、俺は・・・あと、意識してるかは知らないけど、たぶんあいつも、お互いが相変わらずかどうかを確認するのさ。まあ勿論それだけで終わらなかったりもするけど。何しろほら、俺たちあっちの相性はばっちりだし?」 彼の言葉が示唆する意味を理解するまでに少し時間がかかり、ようやっと理解して、マシューは一瞬耳のあたりが熱くなったのを感じた。その反応に、フランシスはおー初だねぇ、と年寄りくさいことを言ったが、しかしその後、「まあそういうのは、結局デザートみたいなもんだけどな」と付け足した。 つまり、と彼は続ける。 「たまには顔をあわせて、奴が相変わらずか確認して、ついでにそれをからかってやりたい、とかは思うけど、いっつも顔あわせてたいとはそんなに思わないわけ。だってあいつとずっと一緒にいても喧嘩する回数が増えるだけだし」 だから別々に生活して、たまーに飲むくらいが俺たちにはちょうどいいんだよ。彼は言って、再びシャンパンを口にした。 「そう、なんですか」 マシューが言うと、フランシスは頷く。 「俺たちは今の距離感にすごく満足してる。まぁ奴はともかく、俺は、今が、今までで一番良い関係だと思うな。だから、わざわざまた一緒になって、関係を壊すようなことはしたくないのさ」 わかった?小さな子どもに言い聞かせるように、彼はマシューに目を合わせた。マシューは食べかけのヒラメを見詰めながら、少し考え込んだ。 「それは…」 うまい言葉をみつけられず、マシューは何度かシャンパンを口にした。フランシスはじっと、マシューが何かを言うのを待っている。 「・・・それも、貴方のいうところの『愛』にあたるんですか?」 長く考えたのにも係わらず、いや、考えすぎた所為か、なんだかピントのずれた質問になってしまったことを、マシューは口にしてから気づいた。けれど、フランシスはその問いを聞いて、面白そうにくつくつと笑った。愛、愛ね。彼は何度かそう繰り返してからふっと笑い、それから、そうだよ、と、いっそあっさりと認めた。 「俺は奴を愛してる」 こんなにも直接的な告白があるとは思っていなかったマシューは、驚いて目を見開いてしまった。 「でも勘違いするなよ。俺はあの眉毛のことが世界で一番嫌いだ」 「・・・嫌いだけど、愛してるんですか」 「そーいうこと」 未だマシューには納得がいかなかったけれど、フランシスは既に、全て語りつくした、というような笑みを浮かていた。彼は更に、料理の皿をマシューに近付け、「ほら、はやく食べろよ。冷めちまうだろ」と言ったので、マシューはしぶしぶながら再び、ナイフとフォークを手にした。 帰る間際フランシスはマシューに、手製のフィナンシェをいくつか持たせた。お別れの前のアフタヌーンティーにでも食べろよ。勿論一番最後のじゃなくて、最後から2,3回目のときな。彼はそう言ってから、得意げにこう、付け足した。 「奴の紅茶に世界で一番合う焼き菓子だぜ」 ま、あいつは認めたがらないだろうけど。そう言って笑った顔を見て、マシューは、彼の言うところの「愛」が更にわからなくなってしまった。 ******* 長かった・・・自分でも読み返すのが苦痛ってどうなんだ。愛してるって言わせたかっただけなのが丸分かりですね!そして私はこれを髭眉毛だと言い張りたい。 「レ●ーの美味しいレストラン」を見ながら書いたので、無駄に料理とかだしてみたけど、フランス料理全然わかりません。 |