遅刻者の癖に、これっぽっちの遠慮もなく悠然と講義室へと入って来た、その不愉快な人物の正体を知ったアーサーは、シャープペンを動かす手を止めて盛大に眉を潜めた。木曜2限、哲学入門開始43分後。つまらない授業で有名な教授の、至極つまらない話が延々と続いている中のことだ。


絶妙なシルエットのトレンチコートに身を包んだ彼は、申し訳なさそうなそぶりなど全く見せず、堂々と教室を見回す。そしてすぐに部屋の真ん中あたりの左端から二番目に陣取っていたアーサーを見つけ、気障なウィンクをひとつ、向けてきた。こっちくんな。それを見たアーサーは表情でそう伝えたが、フランシスは構わず、何ごとかをつらつらと述べている教授の前を通って、アーサーの元へ向かってくる。アーサーはしばらくそのトレンチコートをにらんでいたが、やがてしぶしぶ、自分の隣りの席においていた荷物を動かした。アーサーのもとへついたフランシスが、メルシ、と唇の動きだけで言った。


隣りに腰掛けたフランシスは、おもむろに鞄から雑誌を取り出して、それを捲り始めた。フランシスはこの授業に単位のためだけに出ていると公言しているし、奴か授業中になにをしようが基本的にアーサーには関係ないので、別に気にしない。アーサーは無知の知がどうだとか、問答法がどうだとか言っている教授が板書した言葉をノートに羅列することに、再び専念しだした。


講義は相変わらず単調で、退屈なことこの上ない。この膨大な板書がなければ、絶対にもたないだろう。時計を見れば、まだ始まってから半分くらいしか経っていなかった。外を見やると、黄色く身を染めた葉が、木から舞い降りている。隣りから、ふとした拍子に嗅ぎ慣れた香水の匂いがしてくる。


と、しばらくして、フランシスがアーサーのノートに何やら落書きをしてきた。


『ランチ持って来た?』


ノートの端に、シャープペンで滑らかに書かれた文字。アーサーは勝手に書くな、とフランシスをひとつにらみ付けてから、その下に


『no』


と書き足した。フランシスが嬉しそうに笑ったのがわかる。再びその下に、書き足された。


『作ってきた』


『メニューは?』


『誰かさんのとは比べ物にならないくらい美味いサンドウィッチ』


むっとしてフランシスを見れば、忌々しいほど自信たっぷりに笑っている。イギリスは、馬鹿にすんなよ、サンドウィッチくらい俺だって作れる、と唇だけで言った。すれば、作るのは誰でもできるだろ。まあ確かに、あんなに不味いもんつくれるのはお前くらいだけど。と、またも小憎たらしいことばが返ってくる。アーサーはてめぇ、と言ったきり、何を言い返すこともできず、仕方なくふいとフランシスから視線をはずし、ノートに、教授が新たに板書した言葉を書き写した。これで生半可な味ならば、彼をいつものように笑い飛ばしてやるところだけれど、料理に関しては(実に忌々しいが!)アーサーはうまい罵り文句を思い付けないのも事実なのだ。


『で、どうする?』


食べるんだろ、といたずらっぽい瞳が言っていた。アーサーはしばらく考えて、それから


『暖い場所でなら』


とノートの端に書いた。それを見たフランシスが、隣で忍び笑う。 アーサーはそんなフランシスを再びにらみ付けてから、ノートの端の会話を消しゴムで消した。そして板書の写しを再開しはじめる。フランシスもまた、雑誌を捲り出した。


再び、つまらない講義へと引き戻される。今度はプラトンの話を始めた教授の話を聞き流しながらフランシスの荷物を見れば、どうやらランチボックスらしきものがあった。それをちらりと見てから時計を一瞥し、そしてアーサーはシャープペンを握りなおした。昼休みまで、あと32分だ。













木曜2限、哲学入門

















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うーん冗長になってしまった気がする。

要するに、つまんない講義に堂々と遅刻する兄ちゃん萌えということです。 学部学科は兄ちゃんが建築で英が法学かな。理系な兄ちゃん萌え!要するに兄ちゃん萌え!