一般人視点仏英です。ご注意!














忘れられない客?ああ、勿論いるとも、何人も。これだけやっていればな。え?話を聞きたい?仕方ない坊やだな全く。・・・そうだな、じゃあその中でも、特に忘れられない二人組のことを話そうか。ちょっと待ってくれ、煙草に火をつけてからにしよう。


・・・あれは今から20年ほど前の、秋の夜だった。その日から急に寒くなったものだから、私は心底参っていた、そんな日だった。その日の、ちょうど店が混み合ってきたころのことだ。グラスを磨いていると、いつもどおりにベルの音が響いた。入ってきたのは、波打った金髪を肩先でゆらした無精髭の男だった。いらっしゃい、と言った私の声に、ひとつ笑みを返したその男は、ひとめで吸い込まれてしまいそうな深い青の瞳をしていた。かなりの優男だったな。彼はやや大またで店の中に歩を進め、カウンターの一番右端の椅子に、軽やかに腰掛けた。それから、じっとメニューを眺めていたんだが、なかなか決まらなかったらしい、少し眉を寄せてから他の客が何を飲んでいるのかを盗み見出した。


と、色々な客のグラスの間を行き来していた彼のその視線が、ふとある一点で止まった。そして、彼は、おや、というようにその青い瞳を見開いたんだ。美しい女性でも見つけたのだろうか。そう思って彼の視線の先を見ると、そこには、カウンターの左端に座る、またも金髪の男がいた。飾り気のない短髪に童顔、そんな見た目なのに、ほとんど氷の融けていないスコッチのグラスをかなりの角度で傾けていた。私はその男を覚えていた。注文するときの英語の発音が、完全な英国風だったからな。さて、その男を見て、彼はしばらく目を丸くしていたんだが、そのうちにひとつ、にやりと笑った。それから、


「お兄さん、あそこで寂しそうにしている眉毛野郎に、とびっきりきれいな色の、甘い甘いカクテルをやってよ」


ジャズピアノと、客の話し声をBGMに、フランス語で告げられた注文は、確かにそういったものだった。随分と変わった注文だった。私はかなり不審に思ったが、目の前の男はさも常識的なのものを常識的に頼んだ、というような顔をしていた。私は仕方なく、かしこまりました、と一礼してカクテルをつくりはじめた。


私は注文どおりのうつくしい青のカクテルをつくった。我ながらあれは傑作だった。長髪の男はそれを見て、満足げに笑った。それから私は例の童顔の男の前に、深い青のアルコールが満ちたカクテルグラスを置きに向ったんだ。


スコッチをちょうど飲んでいた彼は、続け様に出されたカクテルを前に、怪訝そうな表情を私に向けた。こちらも不思議な男だった。童顔の癖に、やけに落ち着いた振る舞いをする。太い眉に、つんとした唇をしていた。店に入ってきたときには気づかなかったが、彼は深くて美しい緑色の瞳をしていた。その瞳を私に向けて、こんなものは頼んでいない、と彼は訴えたが、私はサファイア色のアルコールが満ちたグラスと共に、お決まりの一言を告げた。あちらのお客様からです、ってな。長髪の男の方を指し示しながらだ。


次の瞬間、訝しげな緑と、得意げな青が、カウンターの他の客の間を縫って、かちあった。長髪の男が、薄暗い照明の中で、青の瞳を細めて、あでやかにわらった。ちょっと油断したら、ほだされてしまうような微笑だった。


けれど、童顔の男は、その微笑を見るなり、不愉快そうに顔をしかめて、ふいと顔を戻した。それから黙ってグラスを持ち上げて、残りのスコッチを口にした。随分な反応だと思わないか。私はこれで良かったのか不安になって、長髪の男の方を見たが、彼はさして気にした風でもなかった。それから彼は、赤のワイン、適当なので良いよ、というような注文をしてきた。いよいよ私は不思議で仕方なくなった。


それきり、ふたりの間に接触は一切なかった。童顔の男はスコッチを開けたあと、その深い青のカクテルを早々に飲み干して、その後も相変わらずひとりで、スコッチやビールを飲んでいたし、長髪の男に至ってはワイン片手に、隣に座っている女性と雑談などしていた。目を合わせもせず、話もしない。知り合いなのか、そうでないのか。青のカクテルに何の意味があったのか。不可思議だった。けれど、何分だっても、彼らは互いをまるでいないかのように、それぞれのバーの時間を過ごしていたんだ。


そのまま時間が経って、客がまばらになる頃になって、童顔の男がようやく立ち上がった。大分酔いが回ってしまっていたな、緑の瞳がどろどろとしてた。それに、女性と話していた長髪の男が気づいて、ちらりと童顔の男に視線をやった。けれど童顔の男は、気づいたのか気づかなかったのか、黙ったまま、自分の分の会計を済ませてさっさと夜の街へ出て行った。


それから間もなく、無精髭の男が、隣の女性に別れをつげて、立ち上がった。やはり自分の会計を済ませて、来たとき同様、軽やかに店から出ていった。そうして、ふたりは去って行ってしまった。


結局、私にはふたりが何者なのかも、どこへ行ったのかもわからずじまいだった。そもそもあの後ふたりがどうしたのかすら、私は知らないんだ。もしもう一度、彼らがこの店に来たならば、今度こそ聞いてみようと思っている。―――まあ、あのふたりは、二度とくることはないような気がするのだがね。




(古株のバーテンダーの話)

























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勿論仏英は合流して一緒に別のとこで飲みなおしました、という設定。イギーと兄さんが目を合わせるとこを書きたかっただけなのに、色々やってたら訳わかんなくなった。