「…下手くそ」


離れたばかりの濡れたくちびるを、手の甲で乱暴に拭ったイギリスが、不躾な視線をフランスにやってそう言い放った。この爽やかな朝に、何が悲しくてこんな暴言を聞かなくてはならないのか。思ったフランスは、そのわりには、随分と顔赤くしてんのな?と、彼を揶揄してみることにする。すれば、お前こそだらしねぇ顔してるくせに、と容赦なく罵られた。わが隣人は、やたらと口が悪い上にたいそう気が強い。


彼は、ひとつ馬鹿にしたように鼻を鳴らした後、ふらりと視線を外して、フランスの身体ごしに向こうの窓の方を見つめた。晴れか。そう、呟く。そんなの見ればわかるだろーが、と思いながら、フランスは眼前に晒された首筋を眺めた。姿勢のせいですっと筋が伸びている。青白い肌や浮かび上がる血管に、その肌を掻き切ってしまいたい衝動と、いつまでも眼前に飾り置きたい感情が同時に襲ってきた。全く性質が悪い。しばらくその首筋を眺めたが、結局、フランスは後者に徹することにした。掻き切るのはいつだってできるが、見つめるのはいつまで可能かわからない。けれど、もしも他の誰かにこの肌を掻き切られるのだったら、その前に自分がやってしまいたい、とフランスは思う。


視線を彼の顔に移し、だまってりゃなぁ、と、ここ最近だけでも数十回は思ったことを、フランスはまた心中でごちた。彼は、更に悪いことに、顔だけならいけないこともないのだ。丸く潤んだ緑の目だって、幼い顔立ちだって、好みでなくもない。だからこそ余計に、多数の問題を孕んだその性格が気になってしまうのだ。


と、彼がこちらへを向いて、視線が鬱陶しい、と睨んできた。


「なんだよちょっとくらい見てたって良いじゃん」
「視線がうざいんだよ」
「はぁ?見たくらいでガン付けか?これだから元ヤンは…」
「…今すぐそのご自慢の顔を滅茶苦茶にしてやろうか」


本当にやりかねないその口ぶりに、あーあーこれだから愛が足りないっつってんだよ、と思わず零すと、それも聞き逃さなかったらしく、黙れまじうぜえ、とまたも容赦なく罵られた。


朝っぱらからの嫌味の応酬に少し嫌気のさしたフランスは、癪だが仕方なく黙ることにした。朝から争いなんて醜いしな。なんたって俺お兄さんだし。そんなことを考えてごろりと狭いベッドの上で寝返りをうつ。こうすれば、いけ好かない元ヤンの顔を見なくてすむだろうから。しかし、そんなフランスの意図をまるっきり無視して、見飽きた童顔が覗き込んできた。ったくなんなんだよこいつは。フランスは思いながらも、黙ってこちらからも見詰め返しておく。緑の目は、何かを考えているような表情だ。彼はしばらくフランスの顔を眺めていたが、それから何かを言おうと口を開きかけた。どうせ可愛くないことだろう――思ったフランスは、暴言の意趣返しの意も含めて、薄く開いたくちびるを塞いでしまうことにした。


あくまでも優しく、けれど素早く、その憎たらしいくちびるを塞げば、隣人は驚いて、その丸い緑の目を見開いた。が、すぐに諦めたのか、抵抗が面倒になったのか、暴れることはなかった。深くくちづけて、可愛くない台詞を完全に飲み込ませる。


(――だまってりゃあ、なあ)


先に仕掛けたのはこちらだったというのに、フランスの知る中でも、一、二を争うようなくちづけを返す隣人に、フランスは先ほどと同じことをまたも思う。もう良いか、と思って離れようとすると、強引に押さえ付けられて、離れることができなかった。執拗なほどに絡み付いてくる舌。どうやら離してくれないらしい。これではどちらが仕掛けたのかわからない。


濡れた音をたてる舌をいっそ噛み切ってしまいたい衝動と、いつまでもこの心地よい波に流されていたい感情が、フランスの胸を浸した。きっとこれはイギリスにとっても同じだろう。いつ舌を噛み切られるかわからない、そんな状況での、痺れるような甘さが心地良いのだ。酷くばかげているとわかっているけれど、止められない。本当に、性質が悪い、と思う。この隣人も、そして、自分自身も。


「…ん、」


ようやく離されたころには、どちらに主導権があったのかなどとうに忘れていた。さっきよりはましだったな。彼はそんなことを言いながら楽しげに笑った。紅潮した頬やら大きな瞳やらに、うっかり油断しそうになる。彼ほど見た目を裏切る奴もいないだろう。しかし決して油断してはいけない。何にしろ相手は世界一の性質の悪さを誇る、大英帝国さまなのだから。













我が厄介にして愛すべき隣人について

















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フランスは英の隣りやれんのは自分くらいみたいな誇りを実は持ってるといいなぁという話のつもりが、なんかわけわかんなくなりましたね! これ英視点もかけなくもなさそうだなあ。