ベッドサイドに置かれた小さなガラスのいれものの中の水の影が、月明かりでゆらゆらと揺れてみえた。そのいれものに身を任せるように生けられている可愛らしい花は、夜の闇の中でも、三色の花びらを誇らしげに広げている。パンセ。人が考え事をしているように見えるその花の、花汁を眠ったものの瞼に塗れば、その者は目を開けた瞬間に見た人に恋するのだ、という話をしたのは、たしか――。


「・・・純白の花が恋の傷に深紅に染まり、」


フランスに裸の背を向け、その花の方を見ていたイギリスが、ふとぽつりと小さな声をあげた。なにかと思えば、彼も同じ事を考えていたらしい。それは、フランスも見知っている劇中の一節。聞いた瞬間に、続きを思い出した。


「乙女たちは『恋の三色菫』と呼んでいる?」


続きを、ちょうど唇の側にあった耳に囁くと、イギリスが腕の中でゆっくり振り向いた。驚いたように丸く見開かれた緑の瞳が、しかしすぐに、ゆるりと細められる。


「わかってるじゃねぇか」
「とーぜん。俺を誰だと思ってるんだ?」
「つけあがるんじゃねぇよ」



知ってて当然だっつう意味だ。言いながら彼は、手を伸ばして花をいれものから抜き取った。その指に、己の指を絡めて、そのまま花を奪う。それにくちづけながら、


「どう?試しに、瞼に塗ってみる?」


そしたらお前、朝起きたら俺に恋するかもな。彼に顔を近づけ、瞳を覗きこんで提案する。と、彼は一瞬呆気にとられたような表情を浮かべたが、すぐに、はっ、と笑って、冗談じゃねぇよ、と、フランスから花を奪い取った。


「一瞬でもお前に恋だとか、まじ一生の恥だ」


どこまでも憎たらしく笑ったイギリスの瞳が、嫌味っぽく暗闇の中煌く。ほんっとうに嫌な奴、としみじみ思っていると、ふとあることを思いついた。


「・・・そうか、でも必要ないよな、そんなまじない」


突然のフランスの言葉に、イギリスが、え、と声をあげて不思議そうな表情になる。そのあどけない表情に構わず、唐突にその両の目のあたりを、左の手のひらで覆って光を閉ざした。


「っちょお前なにして・・・!」


突然視界を閉ざされ、慌てたイギリスの、呼吸のタイミング等を一切無視して、強引にくちづけた。急のことに、驚いてくぐもった声をあげたイギリスが、反射的に目を見開いたのが、手のひらに感じたまつげの感触でわかる。それにも構わず、くちびるを重ね続けた。暴れる彼を、右の手でおさえる。抵抗が段々に弱まり、イギリスの手にあったパンセが、やがて波打つシーツの上に打ち捨てられた。すがるものを見つけられなかったのだろうか、腕が首に絡まった。しっとりと熱い肌を感じて、フランスは彼に勝ったような、とてもよい気分になる。同時に、イギリスの瞼が震えながら閉ざされたのがわかった。それでもなお、フランスは唇を離さず、まじないをかけ続ける。ありったけの熱を込めて、彼が恋に落ちるように。


「・・・は・・・」


たっぷりと時間をかけた後に、ゆっくりと濡れたくちびるを離せば、彼は堪えきれない風に、震える息を漏らした。その上気した頬を見てフランスは満足し、それから、まだ両目にかざしたままだった左手を、やはりゆっくりと、離す。


「・・・・・・」


月明かりの中で、濡れたまつげがふるりと震えて、やがてゆるゆるとグリーンが露になっていくさまが、フランスの網膜に焼きついた。その間にも、熟れたくちびるから湿った息が漏れる。濡れた目元や、熱の所為で赤い頬は、本当にまじないにかかって恋をしたようにすら見えた。


「・・・どう?目、開けたら、恋しちゃった?」


囁くような声で笑いかけると、イギリスは濡れた緑で、フランスを見上げてきた。ふらふらと焦点が定まらない瞳が、やがて、フランスの目を捉える。涙の膜が、そのグリーンを一際ぼんやりとしたものに見せた。くるみ形をして潤む瞳に、宝石みたいだ、とフランスは思う。と、次の瞬間、唐突に、無表情だったイギリスの、くちびるがにぃとつりあがった。


「・・・ばっかじゃねぇの?」


この程度のキスで恋してたまるか。彼は、濡れた瞳のまま、それでも挑戦的にグリーンを細めて、フランスに顔を寄せた。どうやらその気になったらしい。近づいた緑の瞳は、さきほどのぼんやりとした影でなく、ぞくりとさせるような、強い光を放っていた。やっぱりこれでなくちゃ。フランスはどこまでも挑発的な彼の様子にひとつ笑みを零してから、目の前に晒された首筋に、唇を寄せた。











さぁ、 ひとしずくの

恋のまじないを


































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何を目指したって、耽美ですよ耽美(笑)
ていうかまたこのパターン・・・!(じたばた)

最初の二つの台詞はシェイクスピア『真夏の夜の夢』より。