白く立派な百合の花が、薄暗い部屋の中、一際強い存在感と濃蜜な匂いを発していた。7月14日、夜。時計はこの日がもうまもなく終わることを示している。三色の旗やら何やらで華やかに彩られていた街も、祭りの興奮した雰囲気も、夜の涼風に晒されて、暗闇の中に沈んでいる。


贈り物でごったがえしたフランスの部屋には、当のフランスと、それから今日最後の客人が、向かい合って腰掛けていた。テーブルには、ゆらゆらと湯気を上げる紅茶。客人が手ずから淹れたその琥珀色の液体は、祝いのシャンパンに飽いていたフランスの胃をやさしくあたためる。窓から夏の夜風が入る。祭りの後の爽快な疲れが、街を覆っていた。


「この華やかな日の最後の客がお前かよ」


フランスの、若干疲れをにじませながらも、いつも通りの台詞に、向かいに座る客人は、うるせぇ来たやっただけでも感謝しろ、俺だって暇じゃないんだ、と容赦なく言い放って彼を睨み付けた。お前ってこういう日でも本当かわいくないのな。フランスは、言葉の割には愉快げに笑って、ティーカップに口をつける。テーブルの上にはまだ、紅茶の包装紙が散らばっていた。先程開けたばかりの紅茶は、客人の腕(唯一のとりえだ)と相俟って、やはり美味だ。


イギリスは、さくり、と、鮮やかな色のフルーツの乗ったパイにフォークを入れた。こんな夜に甘いもんなんか食べたくない、と言っていた彼も、真夜中のティーパーティを華やかに飾るフランスのパイを、なんだかんだで気に入っているようだ。まったくどっちの誕生日かわかんないなこれ。フランスは思ったけれど、別段不愉快なわけではないから黙っておいた。


イギリスがパイを食してから、そういえば、と、口を開く。なにかと思えば、最近庭に植えた花の話だった。それから、いくつもの話題についてぽつぽつと話を繰り返した。日本がくれた漫画の話だとか、最近のアメリカのことだとか。今日が誕生日であることを忘れてしまうほど、いつもどおりに。


窓の外の細い月が、ふたりを見ている。いつもは昼下がりに共にするティーパーティも、真夜中だとまるで違うものに感じられた。あるいはそれは、フランスの部屋に溢れた花束の数々の所為かもしれない。暗闇の中にゆらりと揺れる紅茶、部屋に満ちた噎せ返るような花の香り、色鮮やかなフルーツの乗ったパイ。その癖、話題はまるでいつも通りなのだから面白い。食器の音と、静かな会話が部屋の中に響いた。


「まあ仕方ない、アメリカの映画だから」
「お前ほんっと奴の映画には手厳しいのな」
「ふん」



アメリカの映画をひとしきり馬鹿にしたイギリスは、何杯目かわからない紅茶をカップに注ぐ。それからフランスの空になったカップを見て、お前もか、と聞いてくる。うん、とカップを差し出して、入れてもらった。アールグレイの匂いが、新しく立ち昇る。


「そういえば」


また新たな話題を振るように、イギリスが自らの紅茶をスプーンでかき混ぜながら呼ぶ。ん?フランスもまた、パイを切り崩しながら促すと、


「・・・Joyeux anniversaire 」


まさかここまで来てそんな一言が待っていたとは思わなかったフランスは、はっとして顔をあげたが、イギリスはカップの中の紅茶の渦を見つめたままだった。まるで天気のことでも話しているような様子の彼を、目を丸くしてしばらく見詰めたフランスは、やがてふっと笑い、


「Merci」


そういって自分もまた、パイに再び取り掛かった。それから、今日のパーティーでイタリアがドイツに怒られていたことを、イギリスに話しはじめた。









Quatorze Juillet
真夜中のティーパーティー

































********


難産でした・・・