怪盗なフランス(フランシス)と、探偵なイギリス(アーサー)。 ここが伯爵夫人の寝室か。フランスは豪奢なドアを前に、足を止めた。下調べでは、たしかここに、かの宝石が。物音を立てないようにそっと、その部屋のドアを開けてみる。身体を滑り込ませる。かぎはかかっていなかった。中は真っ暗だろうと、用意してきたサーチライトを中に向ける。しかし、部屋にはひとつ、ぽつりと蝋燭の火が揺れていた。おかしい。今夜は誰もいないはずなのに―――いぶかしんでいると、静寂の中フランスのものでない、カツ、という足音が大きく響いた。フランスは息を飲んで、身体を側のカーテンに隠した。そのフランスを追いかけるように、かぼそい声が聞こえてきた。 「・・・フランスさま?」 声は高くもなく、低くもなかった。見ると、部屋の中、天蓋つきのベッドの側に、鮮やかに赤いドレスを纏った、背の高い貴婦人が立っていた。おそらく、この館の主人である、伯爵夫人だろう。声と物音の正体は、どうやら彼女だったらしい。彼女は今夜は夜会で出掛けるはずだが。計算外の事態に、しかしフランスは冷静さを保ったまま笑んだ。 「・・・これは、マダム」 フランスは気障な仕草で一礼した。貴婦人は、仮面をつけていた。顔に傷があるから仮面をしているらしいと、聞いた。その、目の部分から覗く瞳は、鮮やかな緑だった。これから頂戴するエメラルドはきっとこんな色だろう。 「お会いできて、光栄です」 フランスは彼女との間を、す、と縮めた。急に距離を縮めたフランスの、見据えてくる視線に、仮面の向こうの眸が戸惑ったように揺れる。恐がらないでください。フランスは囁いて彼女の腰を引き寄せた。自己紹介などしながら、その金色の髪に刺された、美しい髪飾りを視線で舐める。緻密な細工がなされた金の中に、大きなエメラルドがはめ込まれていた。薄明かりの中きらきらと煌く宝石。さすがに、綺麗だ。フランスは思いながら、貴婦人の腰を更に、強く引き寄せた。 あ、と焦ったように声を漏らした唇は、紅に彩られてドレスと同じくらいに鮮やかだった。中々、綺麗な婦人だな。傷はどんなものなのだろう?思ったが、変に警戒されても困るので黙っていた。その目を見詰めて、口付ける。未亡人だという彼女は、亡き夫への背徳感からだろうか、頑なにフランスの唇を拒もうとしたが、少々強引にことを進めるとすぐに口付けに甘んじた。フランスは彼女が目を閉じていることを確認し、もう一度髪飾りを見やる。 (なんだか、簡単すぎる気がする・・・それに、今朝のアレもあったし) そう、今朝、フランスの元には一枚のカードが届いたのだ。よくわからない文に閉口して、けれども一回予告を出して仕舞った限り止めることなどできないので、今夜もこうして出てきている。おかしなカードに、いかにも簡単すぎる犯行。なんとなしに嫌な予感を感じたがしかし、貴婦人は一旦落ちてしまうと見かけに寄らず、熱っぽく唇を重ねてきた。長く人肌に触れていない所為だろう、甘えるように縋りつく彼女を抱きしめ、何度も角度を変えてその唇を味わいながら、髪をなで――髪飾りを指で撫でる。そしてそれを、髪から抜き取った。金の髪がはらりと肩に落ちる。その瞬間だった。 貴婦人の目が、鋭い光を帯びた。そしてその赤い唇が、くちづけられたまま、にぃ、と弧を描いた。 (・・・!!) フランスは本能的に、彼女を突き放そうとしたが、遅かった。フランスの鳩尾に強烈な蹴りが入った。手にした髪飾りが、キン、という音をたてて床に落ちた。倒れこむ。激しく咳き込む。腰にある銃を取ろうとしたら、なかった。くそ。見ると、貴婦人の手に、銃。キスの間に抜き取られたらしい。咄嗟に身体を起こせないフランスのもとに、貴婦人がカツカツと歩いてきて、その腹にヒールの足をガ、と乗せた。細いヒールが食い込んで痛い。フランスは貴婦人の正体を、さとった。彼女は――いや、彼は、フランスを見下ろして、愉快そうに微笑んだ。銃口をフランスに向ける。そして、己の顔を隠す仮面を乱暴にはがした。 「・・・俺のためにそこまでしてくれんのか、カークランド卿」 フランスが見上げた先に居たのは、彼だった。してやられた。フランスは今朝のカードを思い出した。なるほどたしかに予告どおりだ。 鬘をつけて赤いドレスを着込んだ彼は、立派に貴婦人だった。しかし、その目は貴婦人にそぐわない凶悪な光で満ちていた。お前、その格好で性格が良かったら、結構好みかもな。言えば、彼はそれはどうも、と笑んだ。 「・・・お前、意外にキス、巧くもないんだな」 無遠慮に言い放った彼はその唇を、親指で拭った。はがれた紅を、ドレスに擦り付ける。そのまま、寝転がったフランスの腹の上に、惜し気もなく脚を開いてのしかかった。長い裾を邪魔そうに払いのけ、露になった太腿に付けられたホルスターに銃をしまう。代わりに取ったのは、縄。 「キスに加えて縛ってやるサービスつきだ、感謝しろ」 続きは牢獄でのお楽しみな。彼は心底楽しそうに言って、フランスの手を頭上で縛り上げた。そして身体にもきつく、縄を巻きつけていく。 「えー、俺そういう趣味じゃないんだけど」 「それは知らなかった。お前、こういうの好きそうじゃねぇか」 嫌味っぽく首を傾げる彼を見上げながら、フランスは脱出方法を考えるべく頭を回転させた。その間にも、身体の自由はきかなくなってゆく。腹の上のイギリスが視線に気づいて、牢獄に入るまであと2,3分だ、と告げた。 「何かしてほしいことはあるか?いいたいことは?」 「じゃあ、――」 優しげな目で訊ねるイギリスを、フランスは見詰めた。 「じゃあ、もう一回キスして」 お前ほんと、巧かった。フランスの声に、イギリスはお安い御用だと笑って。 (・・・イギリスがキスに夢中になってる間に銃を取り返さなくちゃな) その後の筋書きを考えながら、腹に乗ったままくちびるを重ねてくるイギリスに応える。銃を取り返すタイミングをはかろう。そう思っていても、彼のくちづけに、心酔しそうになった。本当に、うまい。酷く刺激的だった。それは彼が彼だからなのか、彼が敵だからなのか、この異常な状況の所為なのかわからなかった。 やがて彼が一瞬くちびるを離して、それから一枚の紙を胸元から出した。―――それは今朝、フランスの元に届いたものと同じだった。 予告状通りの犯行 今夜11時、貴殿のくちびるを奪いに、伺います ******** これギャグです。特にタイトルの下の奴。だっておもいつちゃったんだからしょうがない。打ちながらすっげ笑いました。 それにしてもついにやってしまた・・・。マダムとか言っちゃう仏と女装する英が書けたので満足。これもうどっちが怪盗かわからん。フランス捕まえるためにイギリスがフランスに予告を出したってことなんですが・・・というか普通怪盗はこんな簡単な手に落ちませんよね。でも思いつかなかったからしょうがない(開き直った)。フランスはこのあとちゃんと逃げるよたぶん。たぶん。 |