事前?です。 イギリスの様子が先ほどからおかしいことを、フランスは知っていた。 フランスが煙を吐き出す息の微かな音以外、何の音もしない。気だるげな空気の部屋に、漂うのは紫煙だけ。イギリスは椅子に腰掛け、机に肘をついて、くちびるのあたりに手をやっている。彼がちらりとフランスを見やったのを感じたが、フランスはそ知らぬふりで、再び煙草に口をつけた。ゆっくりと吸って、ゆるゆるとはく。立ち昇る紫煙を眺めた。イギリスが組んでいた足を組み直した。頑固な彼のことだから、限界までねばるのだろう。 切羽詰った状況なのがわかるイギリスと対照的に、フランスは再び、のんびりと煙を吐き出した。イギリスがまたもフランスの方を落ち着きなく見やったのがわかったが、フランスはやはり、知らないふりをした。そろそろだろうか?イギリスは当然こちらの思惑に気づいているだろうし、それに憤慨するだろう。けれど彼のことだからきっと、やるなら予想以上にやってのけるに違いない。思うと、フランスは期待に胸の高鳴りすら覚えてしまう。彼は言葉を使うだろうか、それともいきなり何かやらかすだろうか。何にしろ、フランスは何か無理難題を押し付ける気だった。今の彼なら、顔を真っ赤にしながらも言う事を聞いてくれるだろう。そこまで追い詰められているのを知りながら、まだ何の助け舟も出さないなんて、我ながらなかなか酷だな。フランスは思ったが、しかし既定方針を変える気など一切ない。 煙草の灰を落とそうと、フランスはイギリスがもたれかかっている机に歩み寄り、その上の灰皿に煙草を近づけた。イギリスはフランスが近づいても、机にしなだれかかったまま、くちびるのあたりに指をあてて、俯いたままだった。しかし、灰皿に煙草が触れたとたん、煙草を持ったフランスの手に、音もなく彼の右手が重なった。 ――その手は、熱い。 (――きたな) 思う間もなく、そのまま灰皿に煙草が押さえつけられて、火が消えてしまう。さて彼はこれからどうくるだろう。期待しながらイギリスを見やれば、大きな緑の双眸と視線がかちあった。その瞬間、何か助け舟を出そうと開けかけた唇を、フランスは思わず閉ざしてしまった。イギリスのくちびるが何かを言おうと一瞬開き、しかし戸惑ったように幾度か開いたり閉じたりを繰り返した後、結局閉ざされ、前歯がぎゅ、と、下くちびるを噛んだところだった。 「・・・・・」 彼は何も言わなかった。ただ椅子の側に立つフランスを見た。けれどもそれで十分だった。見上げてくるもの言いたげな双眸は、長い睫に見え隠れし、きらきらと潤んでいる。フランスに比べ全体に色素の薄い彼の、くちびるの赤色はもはや痛々しいほどだった。シャツからのぞいているくびすじは色づき、くちびるから漏れる息はどうしようもない熱を、フランスに伝える。甘い苦痛に寄せた眉根、幼顔に浮かべる表情の悩ましさ。彼はフランスの視線に、ごくりと唾を飲み込んだ。隆起した喉元が、あわせて蠢く。けれども視線を外しはしなかった。ただ、じっと見詰める。奥底に隠しえない熱を秘めた、揺れる緑の双眸で。 フランスは堪忍したように息を漏らした。 「・・・ほんと、えろいのなお前」 思わず少し笑ってしまった。座ったままの彼に視線を合わせるようにしゃがんで、そうして覗き込み、血にも似た色の下くちびるを一瞬舐めると、イギリスは少しは心当たりがあるのか、はずかしげな表情で、「お前よりはましだ」と、小さく呟く。いやいや、いい勝負だよ、お兄さん負けちゃいそう。言って、フランスは、やわらかい熱に火照った頬に手を添えた。本当は、負けちゃいそう、ではなく既に負けているのだが、悔しいのでそれは言わなかった。 「・・・フランス、」 くちびるが触れそうな距離で見詰める目に、名を呼んだイギリスが、たまらない、というようにうっとりと瞳を閉じた。そのくちびるをゆるゆると塞ぎながら、彼が纏っていたシャツを床に落とす。熱に震える両手がおずおずと背に回され、フランスのシャツ越しに、爪をたてた。 ******** 書きたかったのは無言で誘う英と負ける仏です。もう満足しました、もうしません(土下座 |