彼の眠った顔はこんなにもあどけないのだ。そう知ってしまってから、全てがおかしくなったのだ。



美しい薔薇の刺繍が施された、柔らかく温かい布に包まって、幸せそうに眠る彼は、とても、幼い。
長い睫、月明かりはその影を、やわらかな頬に落とす。薄く開いたくちびるの、刺繍の薔薇とは比べられない、はっとするような赤さ。ぎゅ、と布を握る手すら、幼く、たおやかなものに見える。この手が背に縋る様を、アメリカは何度夢想しただろうか。


「・・・・・・」


アメリカは、ごくりと、唾を飲み込んだ。恐る恐る、彼の顔に、己のくちびるを近づける。彼が起きないことを祈りながら、ゆっくりと、息を殺して。その頬に、くちびるが触れた。柔らかい感触が神経を通じて伝わり、触れたよろこびに震える胸の、高鳴りは五月蝿いほどだった。触れたくちびるを、名残惜しく離す。彼は、動かなかった。反応のない彼の、けれども触れてしまった頬のやわらかさ。抑えられない感情に突き動かされて、もう一度、今度は早急に、キスを落とす―――まだ、彼は起きなかった。それなら。寝乱れた寝巻きから見え隠れする、くびすじにも、そっと。かおる、彼の匂い。噛み付いてしまいたい衝動を、懸命に抑えながら。


ついに、イギリスがんぅ、とうめいた。アメリカは、はっと、身体を彼の身体から離す。眠りを阻害された彼は、眉を寄せていた。しかし、その表情すら、なまめかしく誘いかけるものにしか見えない自分が、アメリカは嫌になった。彼が寝返りを打って、それによって、くびすじがいっそう、露になる。アメリカにとっては、毒にも似た白さが、ほとんど肩のあたりまで、月あかりに照らされる。鎖骨の美しさなど、いっそ憎らしかった。


(もう、やめてくれよ・・・)


のぞく白さに、アメリカはほとんど泣きたいほどだった。胸が震える心地がする。この白を、どこまでも暴きたい。けれども、それは許されはしない。


ぷっくりと赤いくちびる。いつもありったけの愛をこめて、アメリカと言う名の子供をよぶ、この瑞々しく赤いくちびるを溶き開かせ、その中へと、己の舌を侵入させたら、彼はどういう反応をするだろう?もう、幾度となく描いた、想像を再び頭の中で廻る。彼のくちびるの奥は、柔らかく、熱く、纏わりついてくるのだろうか。頬は、薔薇色になって、エメラルドにも似た瞳は涙を湛えて、ふるふると揺れるのだろうか。そうすれば、彼は気づいてくれるだろうか。もうアメリカは、子供ではないのだと。


いや、それはありえない。アメリカは思い至って、またも泣きそうになった。そうして伝えようとしたところで、彼はアメリカのその行動を、好奇心の賜物としか捉えてくれないだろう。


(もう、だめだ)


もはや自分で抑えきれないほどに大きくなってしまった劣情に、アメリカはぎゅ、と目を瞑った。もう、だめだ。温かい彼の腕の中で眠ること、その心臓の脈動を感じること、その肌の滑らかさを感じること、無防備な彼の、くちびるのあかさや、くびすじの白さを、こんなにも近くから見つづけなければならないこと、どこまでも子供扱いし続ける彼の前で、子供のふりをし続ける事。全てがもう、限界なのだ。


「・・・ごめん」


イギリスが、アメリカを大切にしていることなど、とうに知っているし、その愛を、感じてもいる。けれども、それ以上を望んでしまっている今となっては、それは鬱陶しく、そしてもどかしいものでしかなかった。


「ごめん、――もう、」


もう、無理なんだ


からだが熱かった。それをもてまして、そっと、ベッドから抜け出たアメリカを追うように、彼がもう一度、寝返りをうった。くびすじの白さは、寝巻きによって隠される。ああ、この細い身体を、力の限り抱きしめることができたら、どんなに楽だっただろうか。けれどもその腕を、イギリスは親愛の情としてしか受け取ってくれない。


いつからだったろう。


アメリカはたまらず、冷たい床をはだしのまま走り出した。隣の部屋、客のために用意された部屋のドアを開ける。冷たいベッドにもぐりこむ。問うた。いつからだったろう。




―――ひとつのベッドに眠っていても、夢がこんなにもすれ違ってしまうようになったのは。











情の裂ける音


















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絶賛青春中のめりか。えろすな雰囲気をめざしてみたよ!しばらく米英を頑張りたい所存。