「スコーン?」
「そう、午前中に焼いた。多すぎたから、食ってけよ」
「じゃあ頂こうかな」
「コーヒーで良いか?」
「薄めにしてくれよ」
「りょーかい」


テーブルの上には、大きな皿にたくさん盛られたスコーンがあった。しかしスコーンはスコーンでも、どこかの誰かのつくった石の如き堅さのものではない。正真正銘フランス製。彼が言うには、「奴に食わせて嫌がらせするため」だそうだ。嫌がらせのためのスコーン、その焼き色は美しく、見た目にも、美味しそうだった。


「ほれコーヒー」


軽い一言と共に、ことん、と置かれたカップには、リクエストどおりの薄めのコーヒー。ひとくち飲んで、濃さに満足した。


「ここにある分は全部食って良いぞ。美味すぎて泣くなよ」
「どうだろう、本当に泣くかもね。なんてったって比較対象がひどすぎるから」
「それはいえてる」


そのうちのひとつを手に取った。ひとくち、かじる。さく、という歯ざわりのあと、ふんわりとした生地があらわれた。口に広がった、シンプルな混じり気のない味に、アメリカは半分ほどになったスコーンを、目をまんまるくして見詰めた。


「これ・・・」
「どうだ、美味いだろ?」


自信たっぷりにウィンクしたフランスに、アメリカは素直に頷く。


「おいしい」
「まぁ、俺がつくったからな」
「同じレシピかい?」
「随分前に聞いたやつだけどな」
「おいしいな」


二回目のおいしい、の後、アメリカは残りを平らげた。もうひとつ、手にとりながら、コーヒーを口に含む。味もさることながら、食感が最高だ。アメリカは、彼に育ててもらっていたら、自分はどんなにか我慢をせずにすんだだろうか、と、またも思った。けれども彼に育てられる自分など、とても想像できないのもまた事実だった。


フランスは向かいに座って、二つ目を食べ始めたアメリカを見ていた。その優しい目を見て、アメリカは、似たような瞳を見た昔のことを思い出す。もちろん料理の出来は天と地ほどの差であるが。同時に、かつてはこの視線の先にはイギリスがいたのだろうか、と思った。


「これ、イギリスのとこに持ってくのかい?」
「ああ、まぁ暇ができたらな」


「嫌がらせ」を想像してか、フランスの目は楽しそうだった。ふぅんと呟いて、アメリカは三つ目に手を伸ばした。イギリスは、このスコーンを食べてどういう反応をするのだろう。きっと、何か可愛くないことを言いながらも、しっかり全部平らげるのだろう。フランスは、イギリスの文句に言い返しながらも、優しい目でそれを見るのだろう。面白くないな、と思った。フランスに、よくイギリスに菓子やら料理やらを持っていくのかを聞こうかと思って、結局やめた。なんだか急に、食欲がなくなった。


「まだまだ食べて良いぞ」
「・・・いや、もう結構だよ。ダイエット中だし、お腹も一杯だ」


三つ目を食べ終わってからいえば、そうか、とフランスは頷いた。もう一杯コーヒー飲むか、と聞かれたので、そちらはもらうことにした。


「これからどうするんだ?」


コーヒーを注ぎながらフランスが訊ねる。


「イギリスのとこにいくよ」
「そうか」


全く予定になかったことを、アメリカは口にしていた。フランスは頷いて、それ以上なにも言わなかった。スコーンを持っていこうか。提案することはできたが、しかしアメリカはそうしなかった。フランスは、それを望んでいない。そしてアメリカも、それを望んでいなかった。アメリカは、スコーンが食べたかった。さくっとしてふんわりした美味しい、「嫌がらせ」のスコーンではなく、堅くて不味い、あのスコーンを。


フランスの家を出てから、イギリスに電話をかける。時差はたったの一時間、泳いでいける距離。大西洋がうらめしい。唐突に、そんな考えが浮かんだ。


「ねぇ、今スコーンあるかい?」


名前もなにも告げず、電話に向かって言う。イギリスは案の定、「お前、名乗れよ!」と電話越しに怒鳴った。


コーヒーは出ないし、スコーンは堅くて不味い。アメリカは、それでも別に良い、と思えるほどに素直にはなれず、けれどもあの「嫌がらせ」のための美味しいスコーンよりはずっとまし、と、自分に言い聞かせた。















Vexations
いやがらせ、癪の種

































********
スコーンネタ。

なんだか書いているうちに本当訳がわからなくなりましたコレ。本当は素直になれない米をほほえましくみつめる仏な予定だったのに仏英臭がいつのまに。結果米英とも仏英ともいえない感じになりました。



フランスがスコーンを頼まなかったのはお話したいからで、アメリカの方は、フランスの話題を出したくなかったからじゃないかと。