床に敷かれた赤い絨毯に、豪華なシャンデリア、極上の料理たち。文句のつけようがない、素晴らしいセッティングだ。正装した紳士たち、付き添う華やかな貴婦人達も顔に笑顔を貼り付けて、あちこちで談笑を繰り返している。


最高に、退屈だった。


「楽しんでるか?」


聞き慣れた声に、豪奢な椅子に腰掛けて休んでいたイギリスは顔を上げた。フランスがグラスを片手に、椅子の側に立っている。正装の姿は見慣れなかったが、すらりとした黒のタキシードは思っていたよりは様になっていた。


「そうだな、まあ、いつも通りに楽しいかもな」


一応立ち上がって、握手する。手袋をした手が、やはり手袋をしたイギリスの手と重なった。イギリスの答えにフランスはふっと笑ってみせてから、「俺もだよ」と言って、バルコニーに行こうぜ、息がつまる、と誘う。隣に立って歩き出した、その瞬間に、いつもよりきつい、香水の匂いがした。





「最近どうよ?」
「別に。そっちはどうだ?」
「こっちも別に何も」


広いバルコニーでひんやりした夜の風に当たり、場にそぐわないような無愛想な応酬を続ける。イギリスはフランスの持っていたグラスを奪った。あっちょ、それ一応最高級ワインなんだけど、という言葉を聞き入れず、一気に飲み干す。ふぅ、と、息を吐き出した。フランスがあーあ、もったいない、と残念そうな声をだしているのは無視した。


ワイングラスをフランスに乱暴に突き返して、イギリスは体を反転させ、窓の向こうの、パーティを眺める。ざわざわとした喧騒は鳴り止まず、紳士も淑女もまだ笑顔を壊さない。きらきらしたシャンデリアの光がぼやけて、最高級のワインも、贅を尽くした料理もなにもかもが退屈なものに見えた。


なんとなくフランスの方を見ると、フランスはバルコニーの柵に寄りかかり、頬を掻きながらイギリスの方を見て、うーん、と何やら唸っている。


「なんだよ、腹でも壊したか?」
「お前じゃあるまいし、まともなモン食ってるよ」
「この・・・、人がせっかく心配してやってるのに・・・」
「・・・・・・」


舌打ちをしたイギリスに、フランスは何も言い返さなかった。再びイギリスを見て、んー、と唸る。相変わらず変なヤツ、と口の中で呟いてから、再び外を見ようとしたイギリスに、フランスが変に神妙な声で顔で呼びかけた。


「ちょっとお前、こっち来てみ?」


くいくい、と右手の指を動かして、イギリスに、フランスの方へ顔を近づけるように促す。


「はぁ?」


イギリスは眉を顰めた。なんでそんなこと、と文句を零したイギリスにしびれを切らしたように、フランスがイギリスの前に立ちふさがり、顔を覗き込むようにした。


「お前、なに・・・」


覗き込みながら、彼は両手の手袋をぞんざいにはずした。そのままバルコニーの床に落とす。唐突で突飛な行動(いつも奴の行動は唐突で突飛だが!)に、更に眉間に皺を寄せたイギリスの、パーティー用にきちんとセットした髪に、フランスの両手がかかった。そして、


「ちょっとお前、何してんだよ!!」


その髪をぐしゃぐしゃにしてしまう。綺麗にセットされていた髪がどんどん崩されていくのがわかって、イギリスは場もわきまえず大声を出した。


「これ、何分かかったと思ってんだよ!このフランス野郎!」


割と本気で怒ったイギリスに怯みもせず、大分解れた髪に指を絡めてまだ神妙な顔をしていたフランスは、次に妙に納得したような顔でうんうん、と頷いた。それから、イギリスの、いつもどおりに適当な感じになった髪を手櫛でとかし始める。


「お前、本当何なんだよ!?」
「だってお前、おかしいんだもん」
「はぁ!?」
「だから、お前その髪型おかしいって。見慣れてないから落ち着かない」
「しらねぇよ!」
「だってさ、他人と話してるみたいじゃん?」
「だから知るか!これどうすんだよ、もう戻れねぇだろ!」
「いいじゃん、つまんなかったんだろ?」


当然のことをしたまでだ、とでもいう風に言って、指を離したフランスを、イギリスは忌々しく睨みつけた。しっかりと着込まれたタキシード姿のフランスが、満足げに笑っている。


(他人と話してるみたい、か・・・)


ならば、とイギリスはフランスの、上着に乱暴に手をかける。


「え、ちょっとイギリス?」


急に服を脱がし始めたイギリスに、フランスが少し焦ったような声を出す。イギリスはそれに満足して、上着をバルコニーの床にすべり落とした。ふぁさ、と言う音に、フランスがやれやれ、とため息をついた。それを気にもとめずそのまま、下に来ていた白のベストも脱がし、そしてシャツのボタンに指をかける。


「なんだよ、えらい情熱的だな、イギリス?」


されるがままになったフランスが、にやにやと笑った。このドスケベが。言って、イギリスはフランスを睨みつけながら、ボタンをひとつ、ふたつ、はずした。すっかり、いつものスタイルになったフランスから少し離れて、全身を見渡すようにしてから、よし、と満足したように言う。


「これでバカっぽくなった」
「バカは酷いだろー」


言いながら、今度はフランスがイギリスの上着に手をかける。


「お前も、テールコートは変だな」
「少なくともお前よりは似合ってる」
「でも、スーツの方がまだましだ」
「そりゃいつも着てるからだよ」


ばさ、とイギリスの上着もまた、床に落ちた。そして、ベストも。やはり、襟元のボタンをひとつ、ふたつ、外し、それからフランスは恭しくイギリスの手を持ち上げて、白い手袋をはずした。する、とそれは抜けて、その後自然な動きで、むき出しの手の甲に、フランスのくちびるが触れた。フランスはそのまま、視線をイギリスに向ける。に、と笑った視線に、かっと頬が熱くなり、思わずイギリスは逆の手で下方にあるフランスの頭を思いっきり殴った。フランスが、それはねぇよ、と情けない声を出した。軽くなった身体、いつもどおりのやりとりに、何故かイギリスは愉快になって、ちょっとだけ笑った。それを見たフランスも、つられたように、情けない表情から笑顔に変わった。





すっかり軽くなった身に、風が涼しい。バルコニーの柵に寄りかかって外をみれば、キラキラと輝く街。遠くに凱旋門と、エッフェル塔が見えた。フランスが隣で、どうだ、綺麗だろ?と自慢げに言ったのに対し、イギリスは黙って肯定を伝えた。


「ときにムッシュー、今夜の予定は?」


外を見ていたフランスが、イギリスの方を見て、紳士のような声で訪ねた。


「さぁ、特には」
「では、夜のパリへドライブでもいかがで?」
「・・・シャンゼリゼを通って?」
「もちろんでございますとも」


気取ったやり取りの後、目を見合わせて、悪戯を企む子供のようににやりと笑い合った。誰も気づきはしないだろう、煌びやかなパーティー会場の、隅で密かに行われている脱走計画になんて。とても愉快だった。重い重いタキシードを脱ぎ捨てて、シャツとパンツだけで、退屈の塊のこの宮殿から、自由の風の吹く市内へと繰り出していく。なんて素晴らしい計画だろうか。


振り向いて、ちら、と窓の奥を見やれば、紳士や淑女の顔には、そろそろ疲れが見え始めているようだった。シャンデリアは未だにきらきらと、人々を照らし続けている。ここから抜け出して、夜のパリへと飛び出すのだと思うと、久しぶりに胸の高揚感を感じた。


「お手をお取りいたしましょうか」


フランスがふざけるように恭しく手を差し出したのに、イギリスはそっと手を重ねて。





ボーイがふとバルコニーを伺いにきたとき、そこにはただ、二人分の上着、ベスト、手袋が、夜風に吹かれていた。




















































いざ、自由の風吹く街へ 

































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ふたつのネタを詰め込みました。リアリティを求めてはいけません。雰囲気!雰囲気!どうやって抜け出したかなんて考えてません!!まぁフランスはルパンな国ですし、それにイギリスのホームズとかポアロなとこを悪用して付け加えればきっと抜け出す事なんて朝飯前です!

以下おまけ。オ・ルヴォワールは怪盗のロマン!ドライブに誘ったのはフランスなのに、運転するのはイギリスな謎(しかもハンドル逆なのに)。 でもほら、なんとなくこう、この逆転した感じが仏英かなって思うんだ・・・!!ちなみに車の色は赤が良い。という妄想です。


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おまけ




失敬したオープンカーで、路を疾走する。ちょうど右に曲がったところで、あのパーティー会場のある建物が、見えた。


「Au revoir!」


助手席に座ったフランスが高らかに叫ぶ。そのまま、建物に向って、投げキスをした。運転席のイギリスもまた、建物を視界に入れ、に、と微笑んだ。


エンジン音と共に、オープンカーは走り去る。二人の頭上を、風が軽やかに通りぬけ、


そして、きらきらとした街に向かう車の中の、ふたつの影が、一瞬重なった。