自分がし始めたくせに、もやもやと核心から離れた話ばかりに我慢ができなくなって、ついにそのことを口に出してしまった。話してしまってから、失敗したかと後悔したが、もう、遅かった。彼は、何もかもを知っているとでもいうように、笑っていた。 「どうした青年。ついに色気づいたか」 フランスはまるでこのことを予測していたように、動揺もせず、そう言った。ここで余裕を見せなくては、負けだ。アメリカは努めて、目を細めた。けれど、上手く笑えていない気がした。 「まぁ聞いてよ。その恋人には幼馴染がいるとする」 「俺よりずっと長いときをともにすごした幼馴染?」 間髪いれずに、フランスが返してくる。アメリカが何の話をしているのか、彼はとうに気づいているのだろう。そう、俺よりもずっと、長いときを共に過ごした隣国。そういいかけそうになって、それを飲み込んで、アメリカはフランスの前言を繰り返した。フランスは関心もなさそうに、それで、とこちらを見ずに訊ねた。 「そしたら君はどうする?」 いまや没落の一途を辿っている欧州の小さな一国と話しているだけなのに、不思議と喉がからからだった。冷め切ったエスプレッソを飲んだ。酷く苦かったのを誤魔化すように、おどけて見せた。そうするしかなかった。 「どうするもなにも、・・・どうしようもないだろうが」 フランスはエスプレッソを一口飲んで――彼にはエスプレッソなんて苦くもなんともないのだろう――、それからアメリカを見やった。青い目が、アメリカのものとは違う、底の方からわきあがるような強さを持っているような気がした。その目が、全てを見破っているような気も。アメリカには余裕なんて、全くないのだということも、イギリスにとって――イギリス自身が気づいていなくても――あれが、遊びでなかったことも、全てを知っているような。思うと、そのことがなんだか酷く悔しかった。いつでも彼は、思い通りになってくれない。アメリカは衝動的に口には出さずにいようと思っていたことを、口にしてしまっていた。 「例えばその幼馴染が、それまではずっと気軽に来ていたのに、急に恋人のところに来なくなったとしても?」 フランスが驚いたように目を見開いた。しかし直ぐに笑顔を取り戻して、何も言わずに頷いた。そう。それしか、アメリカはいえなかった。彼を動揺させたかった。殆ど衝動に近い感情だった。自分はこんなに動揺しているのに、彼はいつも通りに飄々として、冷静だ――いつの間にか、口が動いていた。 「・・・恋人が、例えば、――例えばだよ、幼馴染の写真を抱いて泣いていたとしても?」 言ってしまった。言い終わってしまってから、アメリカは思った。彼に、ヒントを与えてしまった。フランスは、アメリカが何を言っているか理解できていないようだった。怪訝そうに眉を顰めて、それから、 「・・・なんだって?」 しかし、今までの彼の声とは違っていた。彼が動揺しているのがわかった。それもひどく――ひとつ、わかった。フランスはイギリスのことに関しては、つまりあれがイギリスにとって遊びでなかった、ということには、気づいていない。 「ごめん、聞こえなかった。もう一回言ってくれるか?」 フランスは笑っていたが、どうみても作り笑顔だった。アメリカはこたえようとして、はっと気づいて、結局、なんでもない、と適当に誤魔化した。話題を変えることにした。これ以上のヒントを与えては、ならない。そう思ったから。 「・・・君のところは相変わらずとてもきれいだね」 「そりゃありがとう」 「帰りに久しぶりにあの塔に登ろうと思うんだ」 「案内するか?」 「いやいや、それには及ばないよ」 フランスがエスプレッソを飲んでいた。アメリカは、今日フランスを呼び出した理由を思い返した。アメリカは知りたかったのだ。フランスにとって、あれが遊びだったのかどうかを。 遊びだったなら良いのに。そう思っている自分が恐かった。そして、それが事実でないと言い切れないことが嫌だった。アメリカはそれを確かめるために何を言えばいいのかを考えた。カマをかけるべきか、真実を話すべきか?――そして、手を、思いついた。 「そろそろ行かないと、陽がくれてしまうね。俺、もう行くよ」 「そうか、またいつでも来てくれ。今度は美女でも紹介するよ」 「はは、それは楽しみだな。・・・あ、そういえば、」 まるで今、思い出したというように、アメリカは言った。精一杯の演技だった。椅子に腰掛けたフランスを見た。笑顔を見せてみた。彼は無表情だった。 「――終わってから始まる恋ってあると思う?」 フランスの表情が瞬間、こわばった。そして、アメリカは答えを手に入れた。――彼にとっても、遊びなんかじゃなかったのだ。 「・・・お前があると思うなら、あるんじゃねぇの」 少し遅れて、声が返ってきた。自分自身に言い聞かせるような声だった。アメリカの予感が確信にかわった。そうかい、さすがに含蓄があるね。たぶん、そういったはずだ。やっぱり、そうだったんだ。そう思った。結局アメリカはひとりで踊っていたのだ。呆然、に近い心境だった。けれど、同時に、不思議と、どこかでそのことを知っていたような気もした。もう彼の前から去らなくては、と思った。そうしないと、突きつけられた事実に、叫びだしてしまいそうだったから。 アメリカはひとつ、精一杯の笑みを残して、カフェから立ち去った。歩き始めてから、いつもはもう少し愛想のある挨拶をしていたような気がして、手を振っておいた。最後に見たフランスは、なんだかうなだれいているように見えた。なぜ彼が苦しそうにしているのかわからなかった。一番苦しいのは俺なのに。アメリカはぎゅ、と唇を噛み締めて。そして、遠ざかったエッフェル塔を睨み上げた。 |