陽射しに、目が覚めた。眠い目をこすりながら、ベッド際のテーブルの上の時計を鷲掴みし、時間を確認する。あと少し、寝ていてもよさそうだ。 自分以外に誰もいないベッドに、ごろりと寝返りを打つ。仰向けになって、目の辺りに腕をかざしながら大きくため息をついた。陽射しからして今日は青空だ。けれども、それを自慢できる相手はもういない。なんだか、憂鬱で仕方なかった。 フランスがそのことに気づいてしまったのは、つい最近のことだった。アメリカと、援助について話したときに、彼はまるで天気の話をするように、話が終わった後につけたしたのだった。 「そういえば、イギリスも今大変なんだ」 たったそれだけ。けれども、フランスは気づいてしまった。この青年の、目の中に潜む優越感に。この慌しい時代、没落する欧州の西の隅の島と、そしてそのさらに西にある大陸の間で、何がつくられ、何が壊されたのかを。そうだ、壊れてしまったのだ。絶妙のバランスで辛うじて持っていた、あの関係は、壊れてしまったのだ。その後、アメリカの背後のドアから現れた当の彼の瞳は、フランスの確信を、更に堅固にした。「よう、イギリス」なんて、自分でもよく言えたものだった。 またもあの、いいようのない感情がフランスに襲い掛かった。その感情に直面することを、フランスは避けていた。けれども、もう限界なのだということを、自分でも知っていた。認めなくてはならないのだ。それなのに、フランスにはまだ覚悟ができなかった。どうしてこんなにも、感情的になっているのかが自分でもわからないほどだった。なんでもないことなのに――ただ、欧州の片隅の国が、再生のために、大国に頼っただけなのに。そして、その島国とは、ちょっとした関係があっただけだったのに。 フランスは、勢いをつけて、身体を起こした。だらしなく開いた寝巻きのまま、寝室の中にワインの瓶を探し、そのまま喉に流し込む。それから、電話へと向かった。とにかく、気を反らせたかった。こういうときは、話をするのが一番だ。今までも、こういうときはそうしてきていたように、彼は受話器をとった。よく考えずに、適当に番号をまわす。この際誰でもよかった。誰でも良い、話してさえくれば。何を言うかを、フランスはもう決めていた。アロー、そちらは良い天気?パリは最高に美しいよ。そうすれば、相手は、何かを話してくれるはず。 幾度か続いた呼び出しの音ののち、かちゃ、という音と共に電話が繋がった。フランスは何も考えず、とりあえずアロー、と、早口で言った。相手は、同じくアローと、明るい声で返してくれるはずだった。しかし、 「・・・フランス?」 耳元に響いた、あどけない声に、フランスは思わず言葉を詰まらせた。 (・・・何、で?) 信じがたいほどの絶望がフランスを襲った。彼は、無意識のうちに、欧州の西の隅の島国の、その番号を回していたのだ。信じられなかった。自分はこれほどまでに、彼を。 「おい、フランス―――どうしたんだ、フランスだろ?」 危うい関係を自ら壊し、終わらせた、イギリスの声が、久しぶりにフランスの耳に届く。戸惑いがちな声は、ああ、全くもって、変わっていない。フランスはあのことに気づいてから、こんなにも、動転しているというのに。 「・・・やっぱり、」 「え?」 小さな声が、思わず漏れてしまった。やっぱり、向こうにしてみれば、あの危ういバランスで保たれていた関係は、利害が一致していたからこそあった、それだけの関係だったのだ。暇つぶし、一時の遊び。昔からひとりだった彼は、フランス以外に相手を見つけられなかったからこそ、フランスと共にパリの夜景をながめ、新緑のハイドパークを散歩し、ブルゴーニュの森を廻り、そしていくつもの夜を過ごしただけだったのだ。彼のそばに、彼があれほど愛しんだ子供がいる今となっては、もうフランスと共にそんなことをする必要もなくなったのだ。もともとわかっていた事なのに、改めて認識してしまった事実が胸につっかえて、その後の声が出なかった。 「おい、フランス?具合悪いのか?大丈夫か?お前もたいへんなんだろ、復興とか――」 「・・・っ!」 気遣わしく聞いてくる声に、フランスは思わず受話器を電話の機械に押し付けた。がちゃん、という音をたてて、通信が途切れる。フランスは呆然と、電話を見詰めた。窓から、明るい陽がさしてくる。たまに鳥の声が聞こえるほか、まるで静かだった。ついさっきまで、彼に繋がっていた電話は、いまやしずかに、フランスを責めるようにそこにあるだけだった。それを感じて、そして始めて、フランスはみずから電話を切ってしまったことに気づいた。自分でやったくせに、酷い後悔の念が押し寄せてくる。全て、終わった気がした。終わってしまったのだ。いや、今、フランスが、その手で終わらせてしまったのだ。 その朝、パリの街、その空は、残酷なほどに晴れ渡っていた。 |