あれは結局、一時の遊びに似たものだったのだ、と、それをイギリスがようやく認めたのはつい最近のことだった。そのころも、自分では十分にわかっていると思っていたが、けれどもそれだけではいけなかった。認めなければならなかったのだ。あのころのイギリスは、理解はしていても、是認はしていなかった。


「アメリカ、」


隣に寝る彼に呼びかけても、返事はない。別に起こすつもりなどなかったので、気にはしなかった。アメリカは逞しいその身体を丸めて、安らかに眠っていた。あの愛らしい子供と今、共に寝ているのだと思うと、イギリスはなんだかおかしくなって、笑ってしまう。アメリカは強くなり、今の自分はそれに逆らう事すらできなくなった。それは何もイギリスだけではない、かつてこの子供を取り合って争ったあの憎たらしい男も、また。


起き上がって、アメリカの寝顔を見た。この男が世界を動かしているなど、とうてい思えないような幼い寝顔。自然、頬が緩んだ。





先日、アメリカがフランスと話しているところに鉢合わせしたときのことを、またも思い出した。このところ、少しでも暇があるといつもあのときのことを考えてしまう。悪い傾向だ。思いながらもイギリスは、フランスがイギリスの姿を認めて、よおイギリス、と朗らかに笑ったのを思い出した。その笑顔を見た瞬間に、イギリスには全てがわかったのだった。彼は知っているのだ。イギリスが、己の身を保つために、何をしたのかを。


こうするよりなかったのだし、もともとだらしのなかった関係を終わらせた自らの選択に対し、裏切ったという罪悪感などない。イギリスは自分がそう思っていると信じていたし、それは本心だった。かつてイギリスは、フランスに向かって愛している、だなんて甘い言葉、一度も囁かなかったし、思いもしなかった。そういう類の言葉がすきそうな彼も、そう言ったことは一度もなかった。一時の遊びにすぎないと理解しながらもだらだらと続いていた関係にすっぱりとけじめをつけたのだから、自分は間違っていなかったのだ。


この選択に対してフランスがどう思っているのかが、イギリスにはさっぱりわからなかった。おかしかった。かつてイギリスは、彼の思っている事が、自然に読めていた。喜びや、安心や、哀しみや、あるいは言葉にし得ない感情までも、気づけばいつも彼と共有していた。それなのに、イギリスはあのとき、彼の笑顔から、何も読めなかった。一片の、感情のかけらさえ。


軽蔑したのか、お役御免になり喜んだのか、あるいは、これはどう考えてもありえないが、かなしんだのか。さっぱりわからなかった。おかしかった。不愉快だった。そんなどうでも良いことのため、フランスのことを考え続けなければならないことが。フランスがどう思おうが自分には何の関係もないことに気づいたのは、随分とたってからだった。


すべては利害なのだ。利害が一致するかしないか。利害が一致したからこそ、他に適当な相手を見つけられなかったからこそ、彼はイギリスと共に、パリの夜景をながめ、新緑のハイドパークを散歩し、ブルゴーニュの森を廻り、そしていくつもの夜を過ごしただけだ。暇つぶし、あるいは、遊び。結局、それだけだったのだ。厄介な、感情なんてものは、どこにも存在していなかった。だからイギリスがかつての弟と寝ようとなんだろうと、フランスには関係ない。彼がそれを軽蔑しても、イギリスには関係ない。


ふと見ると、アメリカの肩が寒そうだったので、ブランケットをかけてやった。アメリカはときどき、イギリスを見ては酷くつらそうな顔をする。きっと、イギリスの中の、消す事のできない彼の痕跡を見ては、顔をしかめているのだ。馬鹿なやつ、と思った。彼がつけた痕跡は、遊びの痕跡にすぎず、アメリカが苦しむ理由になどなり得ないのに、あんなにつらそうな顔をするなんて。


あれは結局、一時の遊びに似たものだったのだ。イギリスはもう一度、自分に言い聞かせるように、それを口の中で繰り返した。同時にアメリカが、身じろいだ。まだ覚醒しきらず、けれどもイギリスを求めているのがわかる。イギリスはちょっとだけ笑って、そしてアメリカを起こすために、そっと、その額に、キスをした。









騙すに手無し