腕の中にいたイギリスが、身体を起こそうと腕から離れようとしたところを、両腕を伸ばしてとどめた。ベッドに引き戻されて、不思議そうにアメリカを見た目は、あどけない。昔なら絶対に見られなかった目だ。ちょっとは認められたのだろうか、と思って、けれどもこういう目を、かつてあの彼は飽きるほど見たのだろう、と思うと、アメリカはどうしようもないもどかしさにいつも、心がかき乱される気がする。 どうしたんだ、と訊ねた彼の頬に手のひらをあてた。温かで、柔らかかった。かつて、彼もこうしてイギリスを見詰めたのだろうか。 「・・・君の顔ってさぁ・・・」 「なんだよ、童顔なのはわかってるよバカ」 「君の顔って、俺が思ってた以上だよ」 「はぁ?」 思い切り顔をしかめたイギリスにかまわず、そのままイギリスに、顔を近づけた。かなり近いから、めがねがなくてもはっきりと見える。近づいたアメリカに、びっくりしたように見開いた目は大きく、顔全体が幼いつくり。甘い曲線を描いたくちびるが、薄く開いている。 「普段、こんななのに」 頬の手を滑らせる。彼はふるふるとまつげを震わせた。その様子にいとおしさが募ってつん、と胸が痛くなり、けれども決してアメリカのものにはならない彼に、また、苦々しい気持ちが沸き起る。昔、アメリカはなにもかもイギリスのものだったのに、今、力関係が逆になっていても、かつての関係は逆転しない。アメリカは何度も何度も感じてきた、気持ちを抑えて、続きを囁いた。 「・・・すごく、エロくなるんだね」 瞬間、イギリスの頬がかっと熱くなったのが、手から伝わった。 「な、なにいってんだよ!」 羞恥のためか、暴れだしたイギリスを、強めの力で抑えて、そのまま彼の目を見詰めた。その視線は、きっと思ったよりも真剣だったのだろう。驚いたイギリスは文句を言おうとしたくちびるを、とざした。再び、まつげが震える。 「ねぇ、きいてもいいかな?」 昨夜のイギリスを思い出す。薔薇色の熱い肌、零れ落ちそうな涙、せつなく寄せた眉、血みたいに真っ赤なくちびる、開いたそこから舌をのぞかせて。 彼はあんな様子をみても、あの飄々とした余裕を崩さないのだろうか。 「君、ほかの人にも、そういう顔するの」 「・・・お前、何言ってんだ?」 「だからさ、俺以外の人にも、そういう顔、見せてるの?例えば――」 言いながら、アメリカは「他の人」もなにもない、と自分でおかしくなってきた。自嘲するように笑って、それでも、言葉を続ける。 「例えば、フランスに、とか」 イギリスは、今度は怒りで頬を熱くさせた。 「おまえ、それはっ――」 「それとも、」 声を荒げたイギリスの言葉を、更に強めの語調で遮った。存外に大きく出てしまった声に、イギリスが息を呑み、揺れる瞳でアメリカを見詰めているのがわかった。アメリカは自分の目を見られたくなくて、ぎゅ、と彼を抱きしめた。確かな温かさを感じ、けれども、不安で仕方が無い。 「それとも、・・・彼には違う顔を見せるの・・・?」 「あめりか・・・?」 意図せず細くなってしまった声に、イギリスが心配そうな声をあげる。この声が嫌いだった。まるで、昔の関係を引きずっているようだから。今ではイギリスなんか目じゃないくらいに、強くなったのに。けれども、こんな声を出させる自分は、何よりも嫌だった。 (君が他の誰かにもああいう顔してるなら許せない。けれど、違う顔を見せてるなら、それも許せないんだ) きっと彼には絶対にわからなのだろう、と思った。きっと永遠にわかってもらえない気持ちなのだろう、と。なんて勝手な言い分なんだろう。矛盾していて、しかもどうしようもない。それでも抑えられない気持ちに、アメリカは仕様もなく、目の前の身体を更に強く抱きしめた。どうしても、放したくなかった。そうでもしないと、彼はすぐに大西洋を渡って行ってしまう。そこまで思って、結局今も昔も、アメリカがイギリスに望んでいるものは同じなのだと、アメリカは感じた。その事実はアメリカにとって、かなしかった。 彼が、おずおずと、それでも抱きしめ返してくれたことが、唯一の救いに思えた。 |