これだけやったらいくからとかなんとか言いながら、しつこくガーデニングを続けるイギリスにあきれたアメリカは、彼の家に先に入って、ダイニングで彼を待つことにした。しかし、イギリスはなかなか戻ってこない上に(これはまあ予測できたことではあった)、古臭いものの詰まったダイニングでじっと待つということは、アメリカにとってはとてつもなくつまらないことだった。いよいよ耐え切れなくなって、アメリカは勝手にイギリスの家の中を見てまわる事に決めた。怒られるだろうかとも思ったが、待たせているのはイギリスなのだから別に良いだろう、と楽観的に考える。アメリカは冒険の予感にすこし胸をわくわくさせながら、ソファから立ち上がって、ダイニングから出て行った。 ところどころ軋む廊下を歩いて、ひとつひとつの部屋を覗いていく。イギリスの家は壁紙など嫌に凝っているものが多くて、こういうところへの妙なこだわりは相変わらずだな、と思った。それにしても、おいてあるものだけでなく、ひとつひとつの部屋のまとう雰囲気までもが、やたらに古風なものに思える。彼らしいとは思うが理解はできないな、と、アメリカはそんなことを思いながら、家の中を見ていった。彼が例のスコーンを作るのだろうキッチンや、きちんと片付けられたランドリー、昔の本だらけの書斎、エトセトラ、エトセトラ。 やがて、アメリカは寝室にたどり着いた。さすがに悪いかな、と思いながらもドアを開ける。きちんと整えられたベッド、なにやらかたくるしそうな本、ランプに水差し。それらが、やはりきちんと配置された部屋を一通り見回して、他の部屋と同じように、アメリカはすぐにドアを閉じようとした。その瞬間、部屋に、開け放された窓から、緑色の風が入り込んできた。部屋を通り抜けた風はアメリカの前髪を撫でて、そして廊下へとすり抜けてゆく。そのとき、急にこの部屋の中になにか、とても気になるものがあるような気がした。部屋がアメリカを呼んでいるような、そんな感覚。その力に誘われるまま、アメリカは知らず知らず、その寝室へと入っていっていた。風の所為で、アメリカの手放した寝室のドアがぱたんと閉まった。 陽光の入り込む所為で部屋はとても明るく、あたたかだった。柔らかいその光は部屋の中のアメリカをも包んで、なにかとても、なつかしい気分にさせる。ふわりとカーテンが揺れる。緑の匂いがする。彼お手製のベッドカバーのかけられたベッドに腰掛けると、それはきしりと鳴って、アメリカの体重の分沈み込んだ。癪だけれど、心地よい部屋だった。入り込む光も、風の運ぶ匂いも、そして何よりも、ここの空気が。 アメリカはそのままぽそっとそのベッドに寝転がった。陽の光をたっぷりと吸い込んだ布団の、さわさわとした感触が心地良い。同時に、懐かしい匂いがアメリカを包みこんだ。 「・・・イギリスの、匂いだ」 抱きしめられたとき、キスされたときの、あの匂いがした。何百年ぶりか、あまりに昔過ぎて年数などもう思い出せないほど昔なのに、その匂いそのものだけは、ひどく鮮明に覚えていた。アメリカ自身がびっくりするほどに、ほっとする匂い。ものすごく久しぶりに家に帰ってきたような、そんな心地がしてきて、アメリカはそう思った自身に驚いた。色々なものアメリカの脳裏に蘇って来る。抱きしめられたときの温かさと、ふんわり包み込んでくれた大きな手の感触、アメリカ、と言って、笑っていた、イギリスの顔も。まだこんなに、覚えているなんて。とっくに忘れたと、思っていたのに。アメリカはぼんやりしてきた頭で思って、少し自嘲的に笑った。 そのまま、アメリカは目を閉じた。側で、イギリスが見守っている気がした。どうした、寝ていいんだぞ、と言って髪をすいたイギリスの、指を思い出す。昔はごく当たり前だった、なのに、今となってはありえない。あの手を振り払うことを決めたのは自分だというのに、なつかしいやさしさはぎゅっとアメリカの胸を締め付けた。 もうそろそろイギリスが帰って来るだろうか、と思ったのに、心地好さとここのところの疲れの所為か、猛烈な眠気が襲ってきて体を起こすことができなかった。見つかったら絶対に怒られるだろう。がみがみとうるさく、しつこいまでに。けれどもそれで良いと思った。むしろ早くここにいる自分を見つけて、ここから追い出して欲しかった。あのくどくどとしたお説教をして、ハンバーガーがどうだとか怒鳴って欲しかった。 そうでなかったら、 そうでなかったら、ここから帰れなくなってしまうかもしれない―― そう思ったのを最後に、アメリカは意識を手放した。 吹き込む若葉色の風が、眠ってしまったアメリカの頬を優しく撫でた。 ******* 随分前に書いたものを直しました。 イギリスは日向の匂いがすると思う。アメリカは自分から自由を選んだからこそ、イギリスのあたたかさを一番知ってると思います。 |