もともと、出たくもない舞踏会に無理矢理参加させられて機嫌の悪かった中、ふいに聞こえて来た「ご機嫌いかが」とフランス語で言った声の独特の甘さが、あまりにも聞き慣れたものだったものだから、イギリスは場所柄にかまわず思い切り顔をしかめてしまった。舞踏会はまだ始まったばかり、ゆったりとしたテンポの典雅な曲が、きらびやかに飾り付けられた会場に流れている。話し掛けた男は先のイギリスの反応など全く気に掛けず、ソファの隣りに図々しくも腰掛けてきた。その拍子に漂ってきた香水の、これまた覚えのある匂いに、イギリスは更に眉間の皺を深める。 「これは英国大使館主宰の舞踏会だぞ、英語で話せよ」 イギリスは隣りに座る男を見もせずに言った。彼は、わざとらしく目を見開いて、まるで心外だとでも言うような反応を見せた。 「お言葉だけど、ここはパリだ。フランス語で話して何が悪い?」 英語で言った言葉にフランス語で返される。声だけで憎たらしい表情まで想像できて、イギリスは苛立ち紛れに唇を噛んだ。奴がくっと喉奥で笑ったのがわかる。何がおかしいんだてめぇ。殆ど唇に乗りかけたその台詞を、場所柄とあたりに流れるクラシック音楽が、イギリスに口に出すことをとどまらさせた。一息ついてから、イギリスは口を開いた。勿論、英語で。 「何の用だよ」 「別に?ただ、ひとりぼっちのアルテュールのご機嫌はいかがかな、って思ってな」 「今てめぇに会って最悪になったところだよ」 「元から全然乗り気じゃなかった癖に」 思わず隣りを見るとフランスはこちらを見て、意地悪そうに笑っていた。 「つまらない、退屈だ、今すぐここから出て行きたい。そう顔に書いてあったぜ」 先程フランスが現れる前にイギリスが思ったことを、一言一句違わずに、彼は口にした。どうせ出たくもないのに無理矢理出させられたんだろ?言いながらフランスは得意げに目を細める。見抜かれているだろうとは思ったけれど、ここまで見事に当てられると、もはや嫌味に思えてきて、イギリスは彼の甘い視線をぎろりと睨み付けた。それから、仕返しとばかりにじゃあ、と切り出す。 「お前は?」 「え?」 「俺にはお前の方が、くそつまらないって顔してるように見えるぞ」 フランスは一瞬目をしばたいてから、にやりと笑った。 「…バレてた?」 「バレてないと思ってたのかよ」 どうせ奴だって、退屈しのぎにイギリスの元へやってきただけなのだろう。いや、お前にはばれてるかな、って思ってた。フランスは言った。 「お前は退屈で今すぐここを出て行きたい。そして奇遇なことに、俺もそう思ってる。つまり、珍しく俺たちの意見は一致したわけだな」 「…それで?」 イギリスは、そうフランスに返したが、しかし彼自身の中ではすでに、この後フランスが発するだろう問いへの答えは出ていた。いや、ひょっとしてイギリスの中では、フランスが現われた瞬間からこの答えが出ていたのかもしれなかった。癪なことだが、この舞踏会場に、目の前の男よりもイギリスの気を引くものがないのも事実なのだから。フランスはすぐそばにある窓から、きらきらと光って見える市街地を視線で示した。そしてなまりの酷い英語でこう言った。 ******* なんというなかみのなさ |