「…帰る」 唐突にイギリスが言ったのは、パブでふたりが飲みはじめてから一時間ほどたったときのことだった。いきなりそう言って、いきなり帰る準備をはじめたイギリスを、「えー、もうかえんの?」と非難すれば、「明日はやいんだ、暇なてめぇと違ってな」、というにべもない答えが返ってくる。なるほど、道理で今夜は杯の進みが遅かったわけだ。 別に、イギリスがフランスを置いて帰るのは今回が初めてではないし(逆だってままある)、まぁ明日朝早いのなら仕方ないが、にしたって言い方って奴があるだろう。ったくつまんない奴だ。フランスは思いながら、ワイン(こちらではやたらと高くつく上にあんまり旨くない)を口にした。と、すっかり帰り支度を済ませたイギリスがこちらをじっと見ているのに気付く。 「…なんだよ?」 帰るんじゃねぇの?一度決断すれば行動のはやいイギリスの、常らしくない行動を不思議に思って見返すと、「いや、べつに」とのお答え。なんなんだこいつ、とフランスは不審に思いながら、ワインのグラスを置いた。と、これまた唐突に、 「それ、」 とイギリスが言う。 「どれ?」 「そのウィスキーだよ」 カウンター席の狭いテーブルの上には、先程彼が注文したウィスキーが、一口分も減らずに残ったままだった。フランスがそのグラスを指差すと、彼は頷いた。 「これがどうしたよ」 「…次の火曜、だろ」 ちょっと躊躇しながらのその言葉の、暗に含めた意味に思い当って、フランスは思わず目を見開いた。しかしイギリスは、そんなフランスの反応を伺おうとすらせず、「じゃあ、」と、さっさと店を出て行ってしまう。あとに、ウィスキーとフランスだけを残して。 少し前までイギリスの座っていたところに残された、オンザロックのウィスキーをしばらくながめたフランスは、やがてふっと笑った。 「…しゃれたことすんじゃん」 帰り際に贈り物なんてさ。思いながら、フランスは、イギリスが置いていったそのグラスを持ち上げる。中の飴色の液体が、揺れてとろりと光っていた。氷がからん、と涼しげな音をたてる。 思わず頬が緩んでしまうのを止められなかった。あのイギリスが自分の誕生日を祝った、という事実にも、この妙にまわりくどい、イギリスらしい方法にも。これはちょっと、なかなかない誕生日プレゼントだ。全く、こちらの予想を裏切ることに関しては、やはりイギリスの右に出る奴はそういない。 「…メルシ」 今頃はもう家路についているだろう素直じゃない隣人にむけて、フランスはひそやかに礼を言った。そっと口にした彼からの一杯は、フランスの喉を甘く焼く。それは、しばらく忘れられそうにない味だった。 ******* にいちゃん誕生日おめでとう!大好きだ! |