さんざんああだこうだと額を付き合わせて話し合った末に、いくつかのわかりきった事項を確認するだけのいつもの会議が、一応無事に終了した次の朝のことだ。フランスは、途方にくれていた。それも、相当に途方に暮れていた。二日酔いでガンガン痛む頭を押さえ押さえ目覚めてからまだ数分。しかし、起き抜けにエスプレッソを2、3杯のみほしたかのように、目は覚め切っていた。理由は至極簡単、つまり目覚めたホテルの部屋が、強盗でも入ったんじゃないか、というようなありさまだったのだ。


フランスには、この状況に心当たりがないわけではなかった。むしろはっきりくっきりと心当たりがあった。昨日の夜、フランスは同じホテルに泊まるイギリスを誘って部屋で飲んでいた。そして、些細なことから(どれだけ些細だったかって、今のフランスにはもうその事が思い出せない)口論になった。連日の会議で疲れきっていたため、どちらも怒りの沸点がいつも以上に低くなっていたことが災いし、久々に本気で殴り合い蹴り合ったのだ。その後はまぁ色々あって(本当に色々あって!)一応ふたりの間は元に戻ったのだが、しかし喧嘩の際にしこたま破壊した部屋が、寝て起きて元に戻るはずもなく、結果、この惨状が目の前に広がっている、というわけだ。


「なぁ、これさ…やばくね?」


イギリスに尋ねると、我が物顔でベッドに腰掛けて腕を組んでいた彼は、うざったそうに顔をしかめた。


「うるせぇな、んなの見ればわかる」


割れた花瓶、羽の飛び出した枕、床におちて欠けた風景画の額縁。割れたガラス、転がったテレビ、エトセトラ、エトセトラ…。全て、昨夜自分たちが喧嘩したときに壊したものだ。一回の喧嘩で部屋のものをここまで破壊しつくせるとは、と、自分たちのことながらフランスは感心してしまった。俺たち、まだまだ若いな。そう呟くと、感心してどうすんだよ馬鹿、と至極まっとうな突っ込みが入る。


ここまで大々的に破壊してしまったとなると、ひょっとしなくても警察沙汰になるんじゃないか、とフランスは不安になった。ふと、明日のドイツ紙の朝刊の片隅を飾る自分たちを想像してみる――イギリス人男性(23)とフランス人男性(26)がべルリンの高級ホテルを破壊。原因は酔った末の乱闘――全くもって笑えない。せっかく持ち直したドイツとの関係が、また大戦前に逆戻りすること請け合いだ。ついでに、この賠償金はどう考えても国家予算からは出ないだろう。一体何ユーロになるのか、フランスは計算しかけて、すぐにやめた。兎にも角にも、昨日の自分たちはやりすぎた。なんで、いくら喧嘩していたとはいえ、ここまでやってしまったのか。思わず出た後悔のため息と共にイギリスの方を見ると、彼も同じように思っているらしく、眉を寄せて、難しい顔をしている。


「…で、どうする、イギリス?」


なんとなく答えの予想はついていたが、一応フランスはイギリスにそう尋ねた。共闘するときはいつだってそうするのが、ふたりの間の不文律だからだ。イギリスは、わかってんだろーが、とでもいいたげにフランスに目を向けて、それからこう言った。


「うまいことやって、ずらかるしかねぇだろ」

















脱走劇の序幕


















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雰囲気雰囲気!