アメリカでの会議に疲れきった夜、イギリスとたまたま入ったジャズバーで、ジャズバンドの一員として先程まで同じ議場にいたその青年が現れたとき、フランスはあまりの驚きに手にしたグラスを落としそうになった。一瞬見間違いかと思ったが、しかし服装まで先程の会議のときと同じだ。困惑しながら思わずイギリスの方を見れば、驚いたのは彼とて同じだったらしい。飲もうと持ち上げかけたビールのグラスをそのままに、間抜けに目を見開いて、舞台に立つ元弟の姿を見つめていた。司会が言うに、彼――アルフレッド――は今日突如腹をくだしたジムのかわりに一晩だけトランペットを吹くのだそうだ。言われてみれば会議の休憩のとき、ジムがどうだとか電話ごしに大声でいっていたような気がする。


新大陸のジャズバーは、いまいち状況をつかみきれていない旧大陸の男ふたりなど置き去りにして、さっさと曲を流し始めた。最初の曲は、だれもが知っている有名なスイングジャズのナンバーだった。印象的なトロンボーンとトランペットのかけあい、アルフレッドはそれを、ジャズバンドの一員としてそつなく吹きこなしている。ふたりがぽかんとしたまま聴いているうちに曲はどんどん進んでいった。


ふと、それまで座って吹いていた彼がすっと立ち上がった。ソロの合図だった。リズミカルなドラムの音の中、アルフレッドのソロははじまった。彼らしい伸びやかな音が、薄暗いバーに響き渡る。バーの中の世界を塗り変えるには、それだけで充分だった。中にいる文字通り全て人が、ベルを高くあげてトランペットを吹く彼を見つめていた。あまりにも有名なナンバー、だれもが注目するソロ。しかしそんなプレッシャーは彼をより楽しませるものでしかなかった。仲間の伴奏をうけて自由自在にメロディーを操る彼は、それは生き生きとしていた。その表情は得意げで、楽しげで、眼鏡の奥の青い瞳はいたずらっぽくきらめいていた。ソロの締めくくり、一番最後に、彼が顔を真っ赤にして一際高いCの音を出したときのバーの興奮と言ったら。沸き立った拍手は伴奏をかき消し、一礼した彼へのやんやの喝采は圧倒されるほどのものだった。


(…すごい)


今まで知らなかったアメリカのこんな一面にも、そしてこのバーの雰囲気にも、思わずフランスは嘆息してしまった。そこには、自分たちが持ち得ないなにかが確かにあった。それはきっと、だれもが途方もない夢を追い求めてやってくるこの新世界だけに存在する、はかなくて、けれどこの夜の街を何よりも生き生きと輝かせることのできる力。


「…楽しそうじゃねぇの。なぁ?」


再びメンバーとのアンサンブルに戻ったアメリカを横目に、フランスはイギリスに言った。


「…そうだな」


固唾を飲んでアメリカのソロを聴いていたイギリスは、緊張の糸が切れたようにふっと笑う。その表情は確かにさみしげでもあったけれど、それ以上に、やさしかった。よかった、彼にもアメリカのトランペットの、あの伸びやかな音色が届いたようだ。


のんびり余韻にひたるふたりを、無理矢理新しい世界にひっぱりこむようにすぐにサックスのソロがはじまった。バーに響く甘い音色は、再びその場の雰囲気をがらりと変える力を持っている。目まぐるしくうつりかわる世界、鮮やかなネオンサイン、音楽と酒を楽しむ人々。ジャズバーの夜はまだ、始まったばかりだ。








Wonderful night in Manhattan


















*******
ジャズでトランペットふくメリカってかっこよくね?みたいな妄想がちょっといきすぎた。
雰囲気雰囲気!