今、何時。その朝、目覚めて最初に口にした問いはそんな事務的なもので、自分で言っておきながらつまらない、とフランスは思った。けれどこの眉毛との間にエスプリにとんだ会話なんて期待できないから、これで良いのだ。おはよう、モンシェリ。良く眠れた?嫌がらせにとびっきりの声色でもってそんなふうに声をかけることができないわけではなかったけれど、朝から逆上したこいつ(妙に喧嘩だけは強い)に殴られたいとは思わない。 フランスに尋ねられたイギリスは、一瞬面倒そうな表情をしたが、結局おとなしくこちらの問いかけに答えることにしたらしく、側の小さなテーブルに置かれたシンプルな置き時計を見ようと、ベッドから身を乗り出した。真新しいブランケットが彼の上半身を滑って、ひねった胴が露になる。まるでなんでもないことのように目の前に晒された、貧弱すぎる肢体と白すぎる肌を、フランスはなんとなしに目で追った。 「…8時15分前」 「会議、1時からだっけ?」 「ああ」 気のない会話をしながら、イギリスは姿勢を元に戻した。でばった肩甲骨だとか、目立ちすぎる腰骨だとかがブランケットに隠れる。フランスはちょっと惜しいな、と思って、そう思ってから、どうして自分がそんなふうに感じたのかが不思議になった。考えてみれば、別に特別美しい身体をしているわけでもないのに――イギリスの身体は柔らかくはないわ、痩せぎすだわで、不健康そうなそのさまは、いっそ痛々しいくらいだ――その身体がなぜだかやたらとこちらの気をそそるように見えるのだから、これは結構不思議なことではないだろうか。特にこの身体、夜にみる時なんて、ちょっと抗いがたいような魅力でもって闇に浮かび上がるのだ。 つらつらとそんなことを考えていると、イギリスが寝直すと決めたのか、ベッドの更に奥にもぐりこもうとしはじめた。その拍子に、ブランケットの中で痩せた脚とフランスの脚とがぶつかる。イギリスがものすごく嫌そうな顔でこちらを見てきた。 「なんだよ」 「…てめぇももう一回寝るのか」 「え?ああ、まぁそのつもりだけど」 あと一時間くらいなら平気だろ?聞くと、イギリスがもっと嫌そうな顔をした。 「はぁ?ベッドが狭いじゃねぇか。どっか行けよ。ソファでも床でも」 「お前な、ちょっとベッドが狭いくらいでごちゃごちゃうるさいって。少しくらい心を広くしろよ。それともアレか、お前の心はお前のちっぽけな島と同じくらいの大きさしかないってか?」 「あいにくお前相手に限ってはこれ以上広くできるスペースなんて残ってない。土地も心も広いらしいお前がどいてベッドも広くしろよ」 「…お前ね」 互いに文句を言いながら、結局また男ふたりでベッドの中に収まり直した。イギリスはご丁寧なことにフランスに背を向けた姿勢で、そのまま、「だいたい別に昨日俺はそんなつもりじゃなかったんだ」だとか、「だからやだっつったんだよ」とかなんとかぶつぶつと言っている。そんな不平をいつもの通りに軽く聞き流しながら、フランスはイギリスの骨っぽい肩や、短い髪のかかる首を眺め、そしてまた不思議な気分になった。他にいくらでも、もっと健康的で美しい首筋を知っているのに、今だってフランスはこの首筋に触れたくて仕方がない。そう、こんなに痩せた首筋なのに。 「…お前、本当大したことない身体してんな」 思わずそう口にすると、イギリスはこれまでで一番嫌そうな顔をしてこちらを振り向いた。 「はぁ?いきなりなんだよ。てめぇには関係ねぇだろ」 いつもの可愛くない応答だった。けれど、今はいっそ清清しいほどの鋭さを持ったその返事が妙にしっくりきたものだから、フランスは思わず目を見開いてしまった。関係ない。そう断言されてみれば、確かにイギリスの身体がどうであれ、フランスには一向に関係がないような気がする。美しくなかろうが不健康そうだろうが、イギリスがイギリスとして在る限り、この欲求は変らずフランスの中に息づき続けるように思えた。他の単純な欲求と同じように、あくまでもシンプルな形で、生きている限りいつまでも途絶えることなく。簡単なことだった。大切なのは、彼の身体であることなのだ。 だからこそ傷を残したいと思い、だからこそ慈しみたいと思い、だからこそ今だって、触れたいと思うのだ。 「…確かにお前の言うとおりかも」 自分の中で納得してそう言うとイギリスが今度は不審そうな目でフランスをみて、それから、もう俺は寝るから、喋りたいならひとりで喋ってろ、と言った。最悪な態度だと思ったが、それ以上に疑問の答えを得られたことの方がフランスには重要だった。そうか、そういうことか。そう納得すると、今度はどうも何かから開放されたような気持ちになってくる。何故なら先程得た答えは、この誘いに結局フランスは抗えないということを明確に意味していたから。だとしたら、抗ったところで何の利益もないじゃないか? 視線を動かすと、ブランケットの中の貧弱な肢体が、相も変わらず不可思議な魅力でフランスを誘っていた。誘われてるんだからしょうがない。これはもう宿命みたいなもんなんだ。思って、骨っぽい肩口にくちづける。間髪入れずにイギリスの肘がフランスのみぞおちに向かって動いたのをなんとか右手でとめ、左手で痩せた身体を抱き締めたときにはもう、フランスはこれからどうやってこの身体を楽しむかを考えていた。 ******* こんな単純なことかくのになんでこんな苦労してるのかがわからない。 というか、だらだらしてる奴等が書きたかっただけなのになんでこんな終わり方(^o^) |