タイミングを見計らって美容室のドアへと向うと、お客を見送っていたフランシスがアルフレッドに気づいた。よお、元気そうじゃねぇか。テレビで見るよりは痩せてんな。そういいながら、迎え入れてくれた。部屋の隅のテーブルのところに座るよう言われる。コーヒーを出してくれる。少し苦いものだったが、アルフレッドは我慢して飲んだ。


「仕事はどうだ?」


美容室の中、向かいの席に座って、自分の分のコーヒーを口にしながら、フランシスが尋ねる。相変わらず、全てを読みつくされているような気がした。


「まぁ、まぁかな」


答えながら、お茶請けに出されたクッキー(ビスキュイだ、と彼は言った)をほおばる。とても、美味しかった。ぽつり、ぽつり、と話をし始める。町を出た後のこと、修行時代のこと、その他もろもろ。向こうの話はあまり聞きたくなかったので、こちらからは聞かなかった。フランシスも、無理に自分たちの話をしようとしなかった。


話がひと段落したところで、アルフレッドはフランシスに髪を切ってもらうことにした。特に理由などなかった。手持ち無沙汰だったから。そして、これ以上話していると、フランシスがアーサーのことを喋りだしてしまうかもしれないから。フランシスは、えーお前相手に?と、少し渋るそぶりを見せたが、結局は了承してくれた。


シャンプーを終えて、鏡の前に座らされる。鏡に写ったフランシスが、アルフレッドの髪を少し指で撫でた。何も言わないが、やっぱり、というような表情をしている。口には出さないけれど、アーサーと比べているのだろうと、アルフレッドにはわかった。アーサーに似ている、と。その表情だけで、アルフレッドには、フランシスがこれまでに何度も何度もアーサーの髪を切っているのだろう、ということがわかってしまった。ああ、いやだな。アルフレッドは思った。アルフレッドがいない間にも、ふたりは同じときを共にすごしていたのだ。当然のことなのに、不愉快なことだった。


どんな風にする?フランシスがたずねる。君にまかせるよ、と言うと、フランシスが笑った。


「とか言って、前のから変えると怒るんだろ?」


アーサーと同じで。言外に彼がそう、言っていた。よくわかったね。そう返すと、フランシスがついに、言った。


「お前の兄ちゃんもそうじゃん」


そうか、アーサーも同じなんだ、と思った。アルフレッドはそんなこと知らなかった。また、だ。また、フランシスにアーサーのことを教わっている。当然といえば、そうなのかもしれなかった。今のアルフレッドは、あの頃よりももっと、アーサーのことを知らない。今のフランシスは、あの頃よりももっと、アーサーのことを知っている。とてつもない、壁を感じた。出て行ったのは、間違いだった。そう、思った。あのまま、アーサーの側にいれば。けれど、それでも、あのままあの環境で暮らし続ける事は、やはりアルフレッドには無理だったのだ、という考えは覆す事ができなかった。結局、こうするしかなかったのだ。そう思うと、どうしようもないもどかしさが、アルフレッドに襲い掛かった。


フランシスは黙って、アルフレッドの髪を切っていった。お前別に綺麗にしてんじゃん。言いながらも、細かいところを直してゆく。フランシスは、こんなんでいいか、と確認する以外は、何も言わなくなった。それはアルフレッドにとって幸いだった。これ以上彼からアーサーのことを聞かされたら、本当にアルフレッドはおかしくなってしまう。ここで聞かないと、アーサーはアルフレッドからもっと遠ざかってしまうとわかっていたのに、アルフレッドはどうしても、アーサーのことを聞きたくなかった。


数十分でそれは終わった。金はいいよ。ひらひらと手を振りながらフランシスが言う。これからどうする?奥でアーサーを待つか?フランシスが聞いてきたが、アルフレッドは帰ることにした。今会っても、また喧嘩になるだけだと思った。そうすれば、アーサーは黙って帰ったアルフレッドに怒るだろうし、フランシスがそれを慰めるのだろう。また、ふたりを近づけてしまう。そうわかっていても、アルフレッドはどうしても、アーサーに会いたくなかった。あの頃よりもずっと、フランシスのことを知っているであろうアーサーに。そしてふたり並んで、なにやら馬鹿な話をしているのを、どうしても見たくなかった。そう思っている自分がアメリカはいやだった。あれほどの決意をもってこの町を出たというのに、今でもアルフレッドは何も変わっていない。フランシスを前にして、あの頃と同じ不可思議な苛立ちを抑えられない。まるで嫉妬しているかのようなその苛立ちは、そんな自分に対する苛立ちと綯い交ぜになって、アルフレッドの胸をぐちゃぐちゃに掻き乱した。


ぱたん、と、ガラス張りのドアが閉まる。フランシスがその向こうから気遣わしげにアルフレッドを見ていた。思えば、全ては彼が現れてから、はじまったのだ。彼さえいなければ――一瞬脳裏を掠めた思い、幾度となく感じてきたそれを一生懸命に取り消して、アルフレッドはフランシスに手を振った。フランシスの顔は浮かなかった。


そうして、アルフレッドは、賑やかなこの街へと帰ってきた。相変わらずフランシスが短い手紙をくれる。アーサーが馬鹿なことをしたとか、料理は全く上達の兆しがみえない、だとか。それを読むたびに、いつになれば普通にアーサーと会える日がくるのだろうと、いつになれば、フランシスのように彼を支えられるのだろうかと、アルフレッドは思うのだ。それはひょっとしたら、未来永劫無理なことなのかもしれないけれど。








フランシス




























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これこいつらでやる必要あるのとかそういうつっこみはなしで!たぶん美容師パロって、こういうものじゃないんだろうなあと思ったんですが、これ以外おもいつかなくて結局こんな形に。ごめんなさい(平謝り)

一回こういうの書いてみたいなあと思っていたので書けて嬉しかったです!というわけで、リク主の方へ捧げます。リクエストありがとうございました!