「ある朝の情景」の続き風味です。 国際会議の会場の、階段を下りていたアメリカは、下の方から聞こえる口論の声に、歩みを止めた。聞き覚えのありすぎる声に、足音を立てないように――何をそんなに身構えているのか、自分でもわからなかったが――一段、二段、下りると、階段の踊り場にイギリスとフランスの姿を見つけた。またなにやら喧嘩をしている。飽きないことだ、と思いながら、アメリカはさっさと階段を下りようと、再び歩み始めた。 と、そこからいくつか階段を下りたとき、急に状況が一変した。何があったのか分からない。本当に唐突に、殆ど噛み付くように、イギリスがフランスの唇に己のそれをぶつけた。衝突したようにすら見えたくちびるは、しかし次の瞬間、じわりと優しくフランスのそれを塞ぎ、同時に誘うように手袋に包まれた手が、フランスの頬をすべる。ゆびさきがフランスの長めの髪をする、と耳にかけて、そして、両腕が首へと絡まった。一瞬、くちびるが離れて、一瞬、緑と青が絡み合い。先ほどと逆の角度でまた、くちづける。最初こそフランスは瞠目していたが、いまや愉しむように目を細めて、踊り場の壁に凭れ掛り、しなだれかかってくるイギリスの、背中から腰にかけてをじっくりと撫でた。その手が、不思議なほどに男らしいものに見えた。 アメリカは思わず、足を止めてしまった。 イギリスは、ふたたびくちびるを離すと、右手でまた、フランスの頬をいとおしむように撫でて、そして何かを囁いた。赤く熟れたくちびるが言葉を発音するひとつひとつの動きが、まるでスローモーションのようにはっきりと、アメリカの脳裏に焼きついた。その不敵な笑みは、信じがたく挑発的で、扇情的で、凶悪だった。フランスがそのブルーの目を細めて、イギリスの襟元をやや乱暴に暴き、くびすじにくちびるを寄せた。何事かを囁く唇の端に、まるで競争を愉しむかのような微笑が浮かんでいた。それに驚いたようにエメラルドの目を見開いたイギリスの、頬が熱に火照っている。半開きになったくちびるから、息が漏れたのがわかった。そこには、アメリカが見たことのないような、ふたりがいた。 アメリカはぎ、と唇をかみ締めて俯き、光景から視線を逃した。おぞましい、とすら光景に、しかし心臓のあたりは驚くほど冷えていた。以前のホテルでのふたりの様を思い出した。あのときと同じ、あの得体の知れない苦々しさが蘇る。アメリカの胸ではその感情が煮え滾っているようで、その底は寒々と冷えていた。勘弁して欲しい。これから大切な会議なのに。何も感じる必要はなく、いい年して、とか適当にからかって通り過ぎればいいものを、アメリカには何故かそれができなかった。足がすくんで、動けない。感情を抑えるだけで、一杯だった。こんなにも動揺しているのは、よくよく見知ったふたりがそういうことをしているからだ、と、アメリカは自分に言い聞かせた。誰だって、知人同士のラブシーンは見たくない――それが肉親にも近い存在ならなおさらだ。 ぱん、という音が響いて、フランスが情けない悲鳴をあげた。アメリカが俯いている間に、どうやらやりすぎたらしい。それを契機に、イギリスとフランスは、喧嘩を再開したようだった。大きな声で怒鳴っているものだから、少しだけアメリカにもその内容が聞こえた。だってお前超やる気みたいだったんだもん、というフランスの声や、お前がやれって言ったから、というイギリスの声が途切れ途切れに飛んでくる。一寸の隙間もなく続く応酬が、ふたりの長く長く続く関係を示しているのだと、そう思えてならなかった。アメリカは階段でなく、エレベーターで下りることに決めた。ひとつ上の階から乗っていこう。そっと身体の向きを変えた。自分の存在がここにあることを、どうしても知られたくなかった。理由は、アメリカ自身もわからなかった。 下りてきた階段をもう一度登りながら、もう一度後ろを振り返ると、まだ、ふたりはなにやら話を続けていた。先ほどのくちづけの雰囲気など、まるで残っていなかった。お互いに敵愾心をむき出しにして、駆け引きをするように視線を交わしあい、その癖本当に恋しているように熱っぽくくちづけをしていたあの情景は、ひょっとして白昼夢だったのではないか、と思えてしまうほどに。ただ、イギリスの襟元が場違いに乱れて、フランスの髪が、先ほどイギリスのゆびがそうしたままに、まだその耳にかかっていることだけが、アメリカの網膜に焼きついた出来事が事実だったことを示していた。 前へと視線を戻す。続く階段を見据えながら、あのキスが何だったのかなんてどうでも良いさ、とアメリカは口の中で呟いた。ふたりの関係もまた然り、だ。 早足で歩きながら、アメリカは唇を噛み締めた。ふたりの言い争う声が、後ろからついてきているようで、眉を顰めてしまわないように――これではまるでどこかの誰かだ――努力しなければならないのが煩わしかった。 ******** 難産だった・・・。 リクを下さった方へ ◎仏英←米 or 仏英+米+加 ということで、仏英←米の方を書かせていただきました。今回は米が自覚してないバージョンです。大人な雰囲気がお好き、ということで、それっぽいのを目指し・・・はしました(土下座)。 このようなものですが、お気に召せば嬉しいです。リクエスト、ありがとうございました!!これからもどうぞよろしくお願いします! |